第5話 一日千秋

 「技師長五木君、これ、どうすれば良い?」長谷ながたにさんが、恐る恐る、棒状の検体容器スワブを技師長に見せた。


 「それは、はるかに渡して〜」と、私を指差す。


 「あれま、可哀想に、こんなとこに隔離されちゃって…」長谷ながたにさんが気の毒そうな声で、スワブを私に手渡した。そこには『ノロウィルス検査キット』と書かれている。


 あ、『ノロった?』 って、この事かぁ…。


 ノロウィルスは激しい下痢や嘔吐を起こし、時に脱水症をも引き起こす感染症の、原因ウィルスだ。現在は新型コロナウィルスが一番の恐怖となっているが、ノロウィルスもその感染力の強さから非常に恐ろしいウィルスである。

 何せ、便が水のようになるので、見えない恐怖があり、もしノロウィルスが検出されると、あらゆる場所の消毒が必要となる。


 …当然、検査室がある病院は、ノロウィルスの感染源となる『便』が検査室に運びこまれる。 そして臨床検査技師は『感染性がある状態』のまま検査しなくてはならないので、検査室内の、より消毒し易い場所で検査を行う必要がある、なので…


 「せんぱ〜い… 寂しいです〜」


 いつもは狭く感じる検査室だが、今日は妙に広く感じる。しかも、検査の下準備に5分、反応時間に15分、消毒に5分以上…で、通算30分以上は、この陸の孤島ことうに置き去りにされるのだ。


 …私の魂の叫びは二人に届かず…


 「五木さん、そろそろおやつ、しません?」


 「そうだなっ! そう言えば昼休みに、これ買ってきたんだ」


 あ! 私の大好きな、コーン☆ローズのバスクチーズケーキ〜!!


 「ありがとうございます。 コーヒー、入れますねっ!」


 くう〜っ…あと…20分もあるぅ(泣)


 …私の鵜の目鷹の目は、確実に箱の中の獲物バスクチーズケーキとらえていた。…「見えました! まだありますよね!」


 「ダメ、これはミーヤのだから!」


 うう〜っ



 …検査の結果は陰性。 全員、ほっと胸を撫で下ろす。


 外来に報告をして、やっと落ち着いた。


 …二人が優しく、紅茶(私はコーヒーが苦くて飲めない)とコーン☆ローズのバスクチーズケーキを目の前に運んでくれた。 しかも2つ!


 「賞味期限、今日までだからな。 みやこには、また何か買っとくよ」


 ありがとうございます〜!


 私は、いつもより遥かに美味しく感じるバスクチーズケーキを、最適温度の紅茶と共に戴いた。


 あ〜、しあわせ〜…

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