第2話 鏡検

 暫く、顕微鏡に集中していると、何だか気持ち悪くなって来た。…いや、コンプライアンス的に問題がある意味では無く、私の体調の問題だ。


 通常、顕微鏡は双眼になっていて両目をらして、右手のツマミでスライドグラスを縦横に移動し、観察を行う。…その為、VR酔いと同じ現象が起きてしまうのだ。


 …駄目だ、早くゲロして楽になろう。刑事ドラマでよく聞く台詞だが、今はリアルなほうだ。


 …こんな時、つくづく自分は臨床検査技師に向いていないんだと思う。 私が知る限り、顕微鏡で酔う人に会った事が無い。


 ふらふらしながらトイレに向う途中、小学生くらいの女の子が、ハルンカップを持って歩いているのを見付けた。


 …この前、サム君が言ってくれた通り、どんなに自分が検査技師に向いていないと思っても、白衣を着て歩いてれば、患者さんからすれば『先生』だ。


 平静を装い、女の子に「私、検査の人だから、それ、預かるよ」と言うと、カップを渡して、逃げるように去って行った。「おい! 廊下を走るんじゃ無い!」 と教頭先生よろしく言おうとしたが、そんな余裕はない。


 ふと、ハルンカップに目をやると、赤い『至急』のスタンプが押してある。仕方ない。検査室に戻って、検査しなくては…。 トイレまであと一歩の所でUターンし、戻って検査を進めた。


 …沈渣の遠心が終わり、またVR酔いとの戦いの予感に身震いしたが、顕微鏡を覗いた途端…


 …驚愕の光景が目に入り、酔いが消え去った…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る