第3章 精虫《スペルマトゾア》

第1話 ハルン

 先日、尿中の異常な細胞を鑑別させて貰った事があったが、そんな例はあまり多くはない。 


 泌尿器ウロ外来の時は、さすがに変わった成分を観察できるが、それでも、突拍子もない成分は、ごくたまにある程度だ。


 今日は、尿検のプロ、みやこ先輩が休みなので、私が顕微鏡を担当している。


 尿のルーチン検査は、2種類行う。一つは『定性』もう一つは『沈渣』だ。


 定性は、細長く薄いプラ板に数種類の四角い試験紙が貼り付けてあり、それを尿に浸して色の変化を見て、糖や蛋白、血液が含まれるかを調べる。


 沈渣は、尿をそのまま顕微鏡で見ても固形成分は浮遊している状況なので、尖端が細くなっている『遠沈管』という特殊な試験管に尿を入れ、決められた速度と決められた時間で『遠心分離』する。その後、上澄液を捨てて、残った部分を顕微鏡で観察する検査だ。


 …最近はさすがに慣れたが、採りたてほやほやの尿が入ったカップは、文字通り生暖かくて、コンプライアンス的に表現が難しいが、ちょっと…その…あまり…き、気持ちが良い物ではない(汗)


 そんな中、持ったと同時に、明らかに冷たいカップがあった。 …見ると、ハルンカップに結露するという、とてもレアな状態になっている。


 こりゃ、どー考えても、そこにある冷水機の水を入れてるでしょ! …と怒りたい気持ちを押さえ、冷静に、通常の検査を行った。…もしかしたら、家で採取した尿を冷蔵庫で冷やした物を提出してくれた可能性が、ゼロでは無いからだ。


 試験紙は、色の変化が見られない。…素晴らしい! こんなに澄んだ尿は見た事がないわ。 まるで…そう、高原の湧き水のような…。 …ほら、分注した遠沈管も結露してキラキラと輝きを放ってる!


 …あ〜! も〜、やってられない!


 内科外来に内線をかける。「検査、はるかです。 『キクタ ジュンノスケ』さんのハルンの件で聴きたい事があるんですが…」 …と言い終わる前に、外来看護師の長谷ながたにさんが「あ〜、そのハルン捨てて〜! あのおじいちゃん、認知症ニンチ入ってんのよ」


 …でしょうね…。

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