第5話 座頭……

「ヒューッ、ヒューッ」


 凍てつく寒さの中、私は荒野を歩いていた。


 一人の男性がこちらに歩いてくる。スキンヘッドに、ボロボロの着物。杖をついている。……視覚障害者のようだ。


 ……男性は、すれ違いざま、こう言った。


 「あんた、外科医だね……。」


 「!」


 「消毒液の匂いと、血液の匂いがぷんぷんする。……毎日、浴びるように血に触れてる……ね」


 私は無言で、横目でその男を睨む。


 「……手術や薬に頼る……なんてやめな。……くだらねぇぜ……」


 私は、振り向きもせずに言った…。「お前さん、間違ってるよ……」


 男性は声を荒らげ「人間が、人の生き死にを自由にするなんざぁ、おこがましい! そうは思わねぇかい?」


 「『間違ってる』って言ったのは、そこじゃない」


 「じ、じゃあ、何だってんだ!」


 私は羽織っていたコートを宙に投げ、こう雄叫おたけんだ。


 「私は、臨 床 検 査 技 師 だ !」




 その時、首筋に尋常ではない熱さを感じ飛び起きた。


 やばっ! 寝てた!


 振り返ると、同僚の深田ふかだ先輩がホットキャビから出したての熱々の『おしぼり』を持って子供っぽく笑っていた。


 生化学自動分析装置の前で五木いつき技師長が、顕微鏡の前でみやこ先輩が、それぞれ笑いをこらえている。


 深田先輩が「良い夢見てたのかナ?」


 ……私が尊敬して止まない、あの手塚治虫大先生の『ブラック・ジャック、第126話「座頭医師」』のオマージュの夢を見てたんだ。確かに幸せだったあ。


 「あたし超音波検査エコー。……はるか、呼び出しらって疲れてんのにわりィけど心電図エーカーゲーお願い」


 「はい!」


 ラックから伝票を取り、部屋を出る。


 「オオタさ〜ん」


 「はい、はい」と言って、ちっさいおばあちゃんが立ち上がった。 立ち上がっても、身長が変わらない。 背中が「く」の字に曲がっている。


 心電図記録の基本姿勢は、仰向きで、全身を伸展し、掌を上に向けた『解剖学的姿勢』


 ……おばあちゃん、解剖学的姿勢…出来ないよね……。


 「こちらへ、どおぞ〜」……と引きつった笑顔で生理学検査室に太田さんを連れて向うと、エコー患者を連れた深田さんとすれ違った。チラリと目をやると、満面の笑みをこちらに向けている! 心の中で『はかったな〜、深田ぁ〜』と怨み節をはいた。


 ……記録に時間がかかって、技師長に大目玉を食らったのは言うまでもない。


 おばあちゃん、時間かかっちゃって、ゴメンね。

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