第9話 冒険者に

 俺の間抜け面に男が吹き出した。


「ぶはっ、なんだよその面は! 絡まれるとでも思ったのか?」

「え、ええ、新参ですから・・・」

「そんな下らねえ事やるような奴は早々にくたばるさ。あんたの実力も見抜けねえやつって事だしな。見た感じ、俺より強そうだ。高ランクだろ?」

「いや、これから登録するところですけど・・・」


 驚いた。

 お決まりの展開にならなかったのが少し残念だが、それ以上にあっさりと実力が見抜かれた事に動揺していた。

 ギルドの大半の視線が俺に刺さっている。全身を舐め回されているというか、じっくり品定めされているのが分かる。嫌な視線だ。

 どうやらこの世界の冒険者ってのは随分と水準が高いみたいだ。今ギルドにいるだけでも、俺より強そうな奴がちらほらいる。流石に師匠並みにヤバそうなのは見当たらないが。

 大男も俺の言葉に驚いたらしく、目を見開いていた。


「つうことは何だ、あんたが新人になるってのか。そうか・・・じゃあしばらくパーティは組めねえな。残念だ」


 俺まだ仲間になるとは言ってないんですが。

 はあ、とため息を1つ吐いてから大男の顔を見る。濃いひげにぎょろりとした目、ひげを生やしているくせにスキンヘッドという変な風体だ。

俺が新しく冒険者として登録することには驚いてないようだ。別のことをやっていて実力を付けた者が新しく冒険者になる、というのは珍しくないのだろう。

 

「俺はカズヒロ・タナカです」

「んおお、名乗ってなかったな。ギエロ・バガットだ」

「ギエロさん、俺を誘った理由は?」

「重心が安定してるし、帯剣してても左右にブレず体に芯が通ってる。前衛で、しかも強い事はすぐ分かる。こないだうちのパーティの前衛が死んでな。前衛1、後衛2、魔術師1になっちまった。バランスが悪い」


 なるほど、ギエロが言ってることはなんとなく分かった。

 俺に集団戦の知識なんか無いからバランスがどうこうは分からないが、前衛が減って悩んでたところに俺が現れたから誘ったと。

 俺から見たギエロは決して弱くない。もしギエロと同等のヤツが2人がかりで俺に襲いかかってきたら俺はおそらく勝てないだろう。だが1対1なら俺が確実に勝つ。そのくらいだ。

 冒険者ってのはあんなに強いやつばっかりなのか?

 師匠との修行でかなり強くなったと思っていたが、まだまだなのかもしれない。

 もっと違った状況であればこの誘いを快諾しただろう。あれだけ強ければ、俺も勉強できることは多そうだし。

 しかし今の俺はこれから冒険者になろうというところで、集団戦の経験も皆無だ。ギエロがそれでも良いと言っても俺は認めない。

 魔物は少しのミスも見逃さない。俺はそれを森の中で学んだ。


「悪いですが、俺はずっと1人で狩りをしてきたのでパーティを組んでの戦い方を知りません。もし、俺が新人でなくパーティを組むための条件を満たしていたとしたら乗ったかもしれませんが」

「そうか、急に悪かったな。それなら、困ったことがあったら俺に言え。先輩として教えてやるよ」

「良いんですか?」

「恩を売っときゃいつか仲間になるかもしんないだろ? ガハハハハ!」


 笑いながら元いたテーブルへと戻っていった。

 冒険者ってのはあんなのばっかりなんだろうか。濃いな。

 他の冒険者達は互いをチラチラと見ながら俺に声をかけるかどうか牽制しあっているようだ。ギエロが諦めたぞ、声かけてみるか? とちらほら聞こえてくる。

 ギルドに入ってすぐに声をかけてきたギエロは、今ギルドに居る中では一番ランクが高かったのかもしれない。だからギエロが1番乗りで俺を勧誘したんだろう。

 とりあえず、今のところは誰ともパーティを組むつもりはない。

 冒険者として活躍するとか、信頼できる仲間を探すとか、それ以前に俺は一般常識を身に着けなければならないからだ。

 貴族制だとか、国の名前とか、この大陸の全体図とか。

 知らない事が多い。

 知らないよりは、知っておいたほうが良いに決まってる。


「今一番知りたいのは、冒険者制度だな」


 酒場に向けていた体を反転させ、受付カウンターへ向かう。

 カウンターは3つあるが、どれも同じもののようなので、邪魔にならないように一番端を選んだ。

 受付をしている人は3人とも女性で、全員美人だ。冒険者の士気を上げるためとか、何か理由があるのかもしれない。

 俺が選んだカウンターの女性はクールなお姉さんといった雰囲気だった。切れ長の目に高い鼻、艷やかな茶髪は肩あたりまで伸びている。胸は慎ましやかだ。

 なるほど、こんな方に激励されたら男としてはやる気を出さざるを得まい。

 ランクが上がればもしかして・・・なんてことを考えるヤツもいるだろう。

 良く出来てる。


「冒険者になりたいんですが」

「新規登録ですね? 登録料としてロメロ金貨1枚が必要になりますが問題ありませんか?」

「はい」


 約一万円か。

 結構な値段するんだな。


「読み書きは出来ますか?」

「出来ます」

「ではこれに記入をお願いします」


 そう言って差し出されたのは羽ペンとインクと一枚の紙。

 名前、年齢、出身、戦闘スタイルを書けというシンプルなものだった。

 特に悩むこともない。

 カズヒロ・タナカ、15歳、大森林出身、前衛。

 サラサラと書き終えて、提出する。紙を見て、受付嬢が少し訝しげな顔をした。


「出身地は大森林・・・ですか?」

「ええ、5年間師匠と暮らしていました。それ以前の記憶は無くですね」

「いえ、細かくはお聞きしませんので。大森林出身の方は大半が獣人族や耳長族の方ですので、少々驚いただけです」


 ああ、俺以外にもいるんだ、そういうヤツ。

 少なくともこの5年間でその獣人族や耳長族には会ったことはない。

 まあ、問題は無いみたいだし気にしなくていいだろう。


「ではギルドカードにこれらを印刷し、お渡しします。同じ情報をギルド側でも保管しますが問題ありますか?」

「いえ、特には」


 そう言うと、受付嬢はにこりと微笑み、お待ち下さいと残してカウンターの奥へと入っていった。

 印刷技術あるんだな。

 印刷技術の使用料やギルドカードとやらの材料費、その他細かい部分を合わせて金貨1枚なんだろう。そう考えると、意外と安い気がする。

 5分とせずに受付嬢は戻ってきた。

 1枚のカードが俺に差し出される。


「どうぞ、あなたのギルドカードです」

「おお・・・」


 よくわからん金属製のカードを手に取る。少なくとも鉄製では無さそうだ。

 表面には先程書いた情報と、登録した場所、ロメロ王国冒険者ギルドと書かれてあった。

 裏面にはでかでかと10級と書かれてある。俺のランクがこれか。

 ひとしきり眺めてから受付嬢を見ると、口を開き説明を始めてくれた。


「簡易的な身分証明書にもなります。紛失・破損した場合再発行出来ますが金貨2枚が必要となります」

「高いんですね」

「故意の破損等を防ぐためです」

「10級というのは?」

「ランクです10級から始まり、数字は1級まで、最上級が特級になります」


 他に細かい規則等はこちらをご覧ください、と20ページほどの冊子を渡された。結構使い込まれている。

 くれるわけではなく、読み終わったら受付に返却するようにと言われた。

 後ろを見ると、2人ほどが俺の後ろで待っていた。

 なるほど、ダラダラ説明するほど暇じゃないと。


「文字を読めない方には口頭で説明させて頂いているのですが、カズヒロ様は文字を読めるとのことでしたので」

「わかりました、ありがとうございます」


 そう言って冊子を手にカウンターから離れた。

 どうせ早急にやりたいこともない。のんびり読み込んでみる事にしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る