第7話 別れ
初めてゴブリンを倒して3年が経った。
俺ももう十五歳、鍛え続けてきただけあってかなり厳つい体つきになった。身長もかなり伸びて180センチほどある。師匠とほぼ同じだ。まだ伸びると考えると、ちょっとデカくなりすぎた気もする。
あれから、日に日に過酷になる訓練を耐え、今ではゴブリンを5体相手取っても危なげなく勝てるようになり、師匠との組み手でもそれなりの動きを出来るようになった。
火の魔術もかなり上達し、剣を使いながら全くの別方向の敵に炎の矢を撃ったりなど、自分で言うのも何だが強くなったと思う。
特に基礎体力と武具強化の2点は師匠からも褒められ、自分を超えているとまで言われた。その日は寝る前に嬉し泣きした。
さらにこの3年で、俺は握力が異常に強いことに気が付いた。最初は年の割に強いくらいだったが、鍛えだしてからとんでもない事になり、今では生木の丸太を軽く握り潰せる。
師匠にも、お前の手には悪魔でも宿っているのかと言われた。師匠からしてもこの握力は異常らしい。顔面と背中が傷だらけのヤクザとか宿ってるかもな。
だが、未だに師匠には勝てる気がしない。この人は色んな引き出しを持っている。
体術に剣術に魔術に、旅をするための知識、更には格上の相手や不利な状況を覆す奥の手など。いくつ教わったかも分からないがまだまだ教わってないことは多い。
日課の走り込みをしていると、師匠が俺に手招きした。
相変わらず口数が少ない。俺ももうこの世界の言葉を話せるというのに。
ちなみに俺が教わったのは世界公用語と呼ばれるもので、他にも獣族語や魔人語などもあるそうだ。
寄ってきた俺に師匠はボソリと一言。
「明日から旅に出る。お前もここを出ろ」
「はい。・・・え?」
いつものように返事をしてから走り込みに戻ろうとして、慌てて師匠の前に戻った。
その動きが滑稽だったのか師匠はニヤリと笑っていた。
笑ってんじゃねえよこのヤロウ。
「旅って、どういうことですか!?」
「古い友人の元へ行く」
「修行は!?」
「もう充分だ。これからはお前自身の力を身に付けろ」
急だ。あまりにも急すぎる。
この人はいつもこうだ。朝いきなり街に出かけるとか言い出したり、ゴブリンを50匹狩るまで帰ってくるなと叩き出されたり、俺に捕まったら飯抜きだと地獄の鬼ごっこを仕掛けてきたり。
多分もう、何を言っても師匠は明日出ていくだろう。この人の言ったことは考えている事とかではなく決定事項なのだ。
ぐるぐると色んな感情が頭を回る。
口を開けたまま固まった俺を見かねたのか、師匠が口を開いた。
「強力な奥の手も教えた。お前は充分外で生きていける」
「・・・ま、まだ、恩を返していません」
「俺が一方的に与えただけだ。貰っておけ」
思わず涙が零れる。覚え切れないほど、数え切れないほどこの人から色んなものを貰った。何一つ返せてないのに別れるなんてあんまりじゃないか。
涙を拭い、必死に堪える。
泣くつもりは無かった。だが、零れてしまった。それほどに俺の中で師匠の存在は大きかった。
「いえ、いつか必ず返します」
「・・・フフッ、頑固な奴だ」
「師匠譲りです」
いつかは来ると思っていた。ここを出て、旅をすることになると。
こんなに唐突だとは思わなかったが。
「急すぎますよ、しかし」
「色々あるんだ」
口に出し、涙まで零し、少し心が落ち着いた。まだ動揺はしているがそれを抑え込めるくらいには。
ぱぁん、と両手で顔を張り、頭を振る。
俺も男だ。ぎゃあぎゃあびいびいと泣き言は言ってられない。
「じゃあ走り込みに戻ります」
「ああ」
そう言って師匠は家の中に入っていった。旅の仕度でもするんだろう。
俺は、未練を吹っ切るように森の中を全力で走り回った。今日の訓練は全て120%くらいの力でやりきった。
募る寂寥感を忘れるように。
―――――
翌朝、俺と師匠は最低限の荷物を持って向かい合っていた。
「剣を寄越せ」
「はい」
師匠は俺が使っていたロングソードを手に取り、自分が持っていた剣を俺に渡した。
大きさはほぼ変わらないはずだが、師匠の剣の方が倍は重い。
「それを持っていけ」
「い、いいんですか?」
「昔腕のいいドワーフに作ってもらったものだ。よく知らんが、希少な材料を使ってあるらしい」
「師匠、ありがとうございます!」
どうせ受け取れないと言っても絶対に師匠は認めないだろうから、潔く貰っておくことにした。
「俺は南東に向かう。西か北に行け」
「何か理由が?」
「そっちの方が面白い場所が多いからだ」
「なるほど」
「生きていればいずれまた会える」
「・・・次会う時には師匠に一太刀入れられるようになって見せますよ」
「期待しておく。またな」
なんとも淡白な別れだった。それだけ言って、本当に師匠は行ってしまった。
もっと別れを惜しんだりしてくれよ。
俺に同性愛の気は無いが、師匠ならいいかもしれない。
・・・冗談だ。
貰った剣に目を落とす。鞘から少し抜いて、刃を見る。いつも師匠が使っていた、刃の長さが80センチほどの刀身全体が黒い剣。
これからはこれを師匠と思うことにしよう。この剣に恥じない戦いをしなければ、師匠に怒られてしまう。
剣を地面に置き、それを師匠に見立てて正座し頭を下げた。
「5年間、本当にありがとうございました!!」
色んな事があった。全てが血肉になった5年間だった。誇張でもなんでもなく、今の俺があるのは師匠のお陰だ。一生忘れることは無いだろう。忘れるつもりもない。
正直、ここを離れたくない気持ちはまだある。一晩経ってもやはり寂しいものは寂しい。
だが行かなければならない。もっと強くなるため、いつか師匠を超えるため。
立ち上がり、師匠が向かった南東とは逆、北西に向かって歩き出す。
生きていればいつかまた会える。しばしのお別れだ。
また会う日を楽しみにしています、師匠。
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