第6話 争乱

 カズヒロがゴブリンを討ち倒した歓喜に震えている頃、森の外、大陸では大きな戦争の火蓋が切られようとしていた。


「伝令! 二日前、レイガ砦現在にてパークス帝国軍の進軍を確認! 総数約1万です!」


 パークス帝国は、第一大陸南部に位置する大国で、大陸の2割を領土とするほどの規模を誇る。

 屈強な兵を数多く保有し、魔術にも精通している。

 海に面しているため航海技術もあり、海軍陸軍ともに精強だ。非常に好戦的で多数の国を武力で制圧し、領土を広げている。

 だが、ここ十年ほどは他国に戦争を仕掛けることもなく影を潜めていた。その国が急に攻めてきたとなると、理由は予想しやすい。

 それまでの征服の歴史から、国内で内乱が起きるのは当然のことだった。

 パークスの皇帝は暴君ではあるが愚王ではない。たった十年で国内をまとめ上げ、準備を整え、大陸制圧に乗り出したのだろう。


「陛下、これは・・・」

「今すぐ第一大陸諸国に伝令を出せ! 同盟の締結を求めてこい! 我が国のみで帝国と相対出来るわけがない!」

「はッ!」


 入ってきたばかりの伝令兵は息を整える暇も無く王の間を出ていった。

 ルガ王国の国王、リシュタ・ルガは頭を抱えた。

 いずれこんな日が来るだろうとは思っていた。

 ある程度は備えている。兵は質と数のバランスを崩さないギリギリを保ち、民にもあまり税を課さず国力を上げていた。だが、到底敵うものではない。

 ルガ王国が1とするならば、パークス帝国は低く見積もっても30を超える。絶望的な差だ。

 王の手が震え、汗が滲む。帝国の侵攻、それすなわち死へのカウントダウンが始まったということ。どう足掻こうとそう遠からずその未来はやってくるだろう。


「大臣」

「なんでしょうか陛下」

「覚悟を決めろ。大陸のために命を捨てる覚悟を」

「御冗談を。私は大臣になったとき、国のために命を捨てました。無い命を捨てる覚悟は出来ませんねぇ」

「・・・全く。こんな時まで軽口か」

「唯一の取り柄でございます」


 手の震えは止まっていた。

 全く、この有能な男に余は何度救われたことか。

 すぐさまやるべきことを始める。

 兵の移動と兵糧の輸送、指揮官の配置など、決めなければならないことが多くある。

 1分1秒でも時間を稼ぎ、この国を少しでも生き長らえさせる。

 たとえ自分が死んでも国は殺させない。そのために出来ることを。


―――――


 帝国の進軍は瞬く間に大陸全土に知れ渡った。

 東部にあるいくつもの小国が平和条約を結び穏やかに暮らしている東部連合、北部にあるドワーフたちの国アイガ、大陸中央の大森林に点在する部族たち、西部にて他の大陸との交易で栄えているロマロ国。

 西部と南部の間には大きな山脈があり、大軍が通ることは難しい。そのため、西部は侵攻を免れていた。

 各国の王や氏族長達はそれぞれがそれぞれの思惑により動いた。

 静観、共闘、支援など、動きは早く一気に大陸の勢力図は変わっていった。

 いや、大陸どころか、戦争の結果によっては世界全てを巻き込む争いにすらなりかねない。

 帝国は大規模だが、他に相対出来る国が無いわけではない。しかし世界でも有数の大国であることも間違いではないのだ。

 大陸に暗雲が立ち込めようとしていた。


―――――


「撃て! 矢も魔術も撃ちまくれ! 絶対に国王様は援軍を送ってくれる! 時間を稼げ!」


 レイガ砦の指揮官は枯れた声で叫んでいた。

 急な侵攻だが、タイミングは良かった。

 数日前に食料や武具が運び込まれたばかりで、訓練で消費した矢も補充されている。魔分補給剤も相当な量が備蓄されている。


「弓兵は腕が千切れても口で弓を撃て! 魔術師は砦の魔分補給剤を飲み干してでも魔術を撃て! 少しでも手を緩めれば凄まじい反撃が来るぞ!」


 雨のような矢と魔術が降り注ぐ。矢は岩を砕き、魔術は地面を抉る。凄まじい光景が広がっていた。

 だが帝国軍の損害は少ない。鉄の大盾を持つものが主となり、複数人で固まって少しずつ前進している。

 この世界の兵士たちの戦闘能力は高い。それは一芸に特化しているためであり、例えば弓兵は弓への武具強化と精度に卓越している代わりに近接戦闘はからっきしである。

 個の力よりも役割分担に重きを置いているため、彼らは自分の役割に誇りを持っている。

 もちろんこれは兵士の話であり、冒険者や傭兵になるとまた話は変わってくる。


「・・・あいつらは何を考えている?」


 指揮官がそう呟いた。帝国軍の動きに違和感を感じたからだ。

 矢や魔術を打ち返すこともせず、ただ愚直に進むだけ。

 向こうの損害は全体的に見て少ないとはいえ、数百人は死んでいるはずだ。それでも動きを見せない。

 その時、帝国軍の奥から何かが聞こえてきた。

 味方の怒号ではっきりとは聞こえなかったが、生物の鳴き声のような、異質な音。


「まさか、大型の魔物を従えたか!?」


 人間の戦闘能力が高い理由の一つに、魔物の存在がある。総じて強力な魔物に対抗するために人類は力を得た。力を手に入れなければ生きていけなかったのだ。

 上位の魔物ともなれば国を容易に滅ぼせるだけの力を持つ。そこまでの魔物は大抵が人里離れた場所に生息しているのだが。

 いや、それらを避けて人々が国を作ったと言ったほうが正しいかもしれない。

 死の鳴き声はすぐ近くまで迫ってきていた。


―――――


 大きく世界は変わっていく。潜んでいた豪傑や、人里離れて修行していた者、名の通った傭兵や冒険者たち。強者達がこの戦争で次々に動き出した。

 結末は誰にも分からない。

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