第5話 vsゴブリン

「おはようございます」

「おはよう」

「朝食はいつものでいいですか?」

「ああ」


 師匠に拾われてから2年が経った。俺はこの2年でかなり変わった。身長は既に160センチを超えていて、全身の筋肉もパッと見ただけで鍛え上げているのが分かるくらいにはなった。

 走り込みや素振りも欠かさず続けているし、今では剣術や体術、魔術の鍛錬まで行っている。言語も、読み書き会話全て師匠から及第点をもらった。

 字が汚いとは言われたが許して欲しい。だって男の子だもん。

 ちなみに、師匠の名前はウェテと言うらしい。ウェテだけですか? と聞いたら、俺以外にこの名前を聞いたことはない、と言っていた。この世界では家名は貴族だけのものってわけでもないらしい。色々あるんだろう。

 魔術を教わってからかまども使えるようになったので今では俺が料理番をしている。

 料理と言っても肉を焼くだけだが。この家の料理は2年前から全く進歩していない。それを不満に思ったことも無いから、それでいいのだ。

 肉を焼いていたら、師匠が口を開いた。


「今日はリベンジだな」

「・・・勝ってみせますよ」


 腕に力が入る。

 1年前、師匠との組み手などの手ほどきをしてもらっていた俺は分かりやすく調子に乗っていた。

 そのころはまだ魔術のまの字も習っていなかったが、謎の溢れる自信から俺は師匠に無理を言ってゴブリンと戦わせてもらった。殺されかけた。

 井の中の蛙、いやミジンコだ。ゴブリン一体に手も足も出ず俺はやられた。師匠が居なければ3回は死んでただろう。

 凄まじい気迫と殺意は俺の足をすくませ、強靭な肉体は俺の渾身の一撃をあっさりと筋肉で受け止めた。

 あの頃の俺は明らかに天狗になっていて、俺が主人公だ、なんて思っていた。思い出すだけで恥ずかしい。

 それから俺は身の程を知り、より一層訓練に励むようになる。

 その覚悟は師匠にも伝わっていたようで、それからより実践的な訓練や魔術の訓練をしてくれるようになった。

 今思えば、師匠は俺の驕りを見抜いていて、あえて戦わせて俺にお灸を据えたのかもしれない。

 それからの訓練は凄まじく苛烈だった。体力強化にフットワーク、組み手に徒手の戦闘訓練、木の上で師匠と鬼ごっこなんてのもやった。何回落ちたかも覚えていない。

 さらに並行して魔術の勉強だ。この世界ではありとあらゆるものに魔分というものが含まれており、それらを利用して魔術を発動させる。自身の魔分量は使った分だけ微量ずつではあるが増えるそうで、毎日空になるまで魔分を使わされた。

 俺が覚えたのは身体強化、武具強化、思念会話、火の魔術の4つだ。魔術の才能はあまり無いようで、それらを重点的に鍛えろと言われた。

 ちなみに詠唱とか無いのかと聞いてみたら、あることにはあるそうだが戦闘中にダラダラ喋ってられないし敵に動きを察知されるからあまり実践的でなく好まれていないそうだ。消費する魔分が少ない、人に教えやすい、タイミングを合わせやすいなどのメリットもあるらしいがデメリットが勝ると。

 ごもっとも。

 そして今日、ゴブリンにボコボコにされてから一年が経った日。この日を目標にして俺は一年間頑張ってきた。

 正直、不安も強い。あの日のことは俺のトラウマになっている。日々自分の中で大きくなっていく不安を振り払いながら訓練を続けてきた。

 この呪縛からそろそろ解き放たれたい。

 全力を出し尽くす。


―――――


「行くか」

「はい」


 朝食を終えて俺達はすぐに準備をして森に入った。準備と言っても、俺の装備はいつもの麻の服に帯剣しただけだ。

 半年ほど前に師匠が買ってきてくれたショートソード。これでずっと素振りや組み手を行ってきた。手にはよく馴染んでいる。

 身体強化の魔術をかけ、師匠に付いていく。

 この2年でかなり強くなった自信はあるが、未だに師匠は化け物だと思っている。なんせ全く底が見えない。いつかこの人に追いつける日が来るのだろうか。

 想像もできない。

 俺達が住んでいる森はそのまま大森林と言うらしく、大陸どころか世界で最大規模の森らしい。

 いくつかの国に隣接しているが、どの国の領土でもないそうだ。だから大森林のみで伝わる。それらの国の領土全てを合わせても森の大きさには全く敵わないと師匠から教わった。つまりは化け物森だ。

 30分ほど走ったところで師匠が止まった。標的を見つけたんだろう。

 師匠は魔分を薄い膜にして、それを自分を中心とした半球状に展開し索敵している。いつか教えてくれるそうだ。


「10時方向距離300、3体だ」

「・・・絶対に、勝つ」

「先行する」


 そう言って師匠は凄まじい速度で駆けていった。俺も全力で走るが追いつくどころかガンガン引き離されていく。

 言われた場所に着いた時には、既にゴブリン2匹の死体と怒り心頭といった様子の1匹が立っていた。

 師匠の姿は見当たらない。どこかから見守ってくれているんだろう。


「よし・・・やるぞ」


 深呼吸し、半身に構え、剣を抜く。

 右半身を前に、左半身を後ろに。右手で剣を持ち、咄嗟の対応が出来るように左手は空けておく。

 相手との距離は5メートルほど、俺もゴブリンも一呼吸のうちに詰められる距離だ。

 じりじりとすり足で距離を詰めていく。

 ゴブリンも怒り心頭とはいえ我を忘れたりはせず、体の芯を俺に向け棍棒を右肩の上に構えて間合いを見計らっている。

 先に動いたのはゴブリンだった。俺が間合いギリギリに入ったのを見逃さず飛び出し、頭を狙い鋭く棍棒を振り下ろしてきた。上体のみを反らし紙一重で避ける。

 師匠の剣閃に比べれば格段に遅い。あの人の剣はそもそも振ったかどうかすら見えないからな。

 左手で右肩を押してやり、体勢を崩させて首目掛け剣を振る。だが俺も体を反らしていた分体勢を崩しきれず、ゴブリンは体を沈めてそれを避けた。

 足目掛けて振られた棍棒を少し跳んで避け、すぐさま右足で肩を踏みつける。剣を振って捻れた体を戻しながら、後頭部を狙い斬りつける。

 ゴブリンはそのまま体を沈めきり、地面にベタ付きになった。そのせいで右足がより沈み、俺がバランスを崩す。剣は後頭部を掠ったのみだった。

 ゴブリンが体を跳ね上げる。それを利用して跳び、距離を取った。


「くそ、殺りきれなかった・・・」

「ガギャッ、ガアアア!」


 怒号が体にぶつかる。ブンブンと棍棒を振り、そのまま突っ込んできた。

 下段に構え、それを待ち構える。ゴブリンは怒りのせいか動きが粗くなっていた。長引くと、俺の体力か集中力が切れる可能性もある。ここで決める。

 大きく振りかぶられた棍棒がごうっ、と風を押しのけて俺へと迫りくる。

 今までで一番速い、渾身の一撃。だがそれよりも俺のほうが速い。

 右下から左上に俺の剣が振り切られ、剣の腹で棍棒を大きく弾く。それとほぼ同時に足を払い、ゴブリンの体が宙に浮く。


「俺の、勝ちだああああ!」


 全力で剣を振り下ろす。弾かれて上がったゴブリンの腕ごと、首を両断した。

 やった、のか。

 すぐさま剣を構え直し、ゴブリンの首に切っ先を向ける。ピクピクと痙攣していた体も動かなくなり、完全に死んだ。

 手から力が抜けた。

 か、勝った、遂に、ゴブリンに勝った!


「うおおおおおおお!!」


 両拳を握りしめ、思いっきり叫んだ。

 めちゃくちゃ嬉しい。最高の気分だ。今までやってきた地獄の訓練が実を結んだ。

 命を奪った事に対する罪悪感みたいなものは無かった。

 俺もあいつも全力で戦って、俺が勝った。それだけだろう。ありがとうって言いたいくらいだ。

 気持ちが昂ぶっている。しばらくこの興奮は冷めないだろう。いや、冷めて欲しくない。しばらくは今の戦いの余韻に浸っていたい。

 ぽん、と肩に手を当てられた。振り向くと、師匠が立っていた。


「まだまだだ」

「・・・褒めてくれたっていいんですよ」

「・・・よくやった」


 その一言に俺はニッコリと笑った。少しだけ涙が出たが、すぐに拭いた。

 初めての勝利は、人生で一番嬉しかった。

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