第4話 言語教育は大事です
早朝に目を覚ましたが、既に師匠は居なかった。寝室は見ていないが、家の中にも外にも居ないし、何よりイノシシの肉の一部や皮、頭が無くなっていた。師匠が持っていったんだろう。
テーブルにはステーキと野草のサラダが置かれていた。朝食はこれを食えってことだろう。すぐに食べて、食器を洗う。
ジョッキに塩水を用意して、初日のように家の周りを走り始める。1時間ほど経って違和感に気付いた。当然、息は切れるししんどいのだが、明らかに初日より俺の体力が増えている。
より長く全力で走っていられるし、一周ゆっくり走るだけでかなり息が整う。おかしいな、体力ってこんな劇的に増えるものじゃないよな?
走る量を増やして、限界ギリギリまで走った。キツイ思いをしないと強くはなれない。師匠が居ないからと言って手は抜きたくない。
昨日の師匠の動きなんかを考えながら、手足の連動や重心移動なんかも考えながら走った。意識しながらだとなんだかぎこちない走りになってしまうが。
「ぶはーっ! はあ、はあ、ああ、キッツ」
正午ぐらいまでひたすら走った。火の起こし方が分からないので、昼食は野草と干し肉だ。キッチンの使い方も今度教えてもらおう。
午後からは素振りだ。あの小さい丸太はもう俺の素振り用として認識されているのか、薪から少し離れた場所に立て掛けてあった。
あれだけ重かった丸太も、やはり少し振りやすくなっていた。
この体が凄いのか、それともあの肉に何か特別な力があったのかは分からない。ただ、多少マシになっただけであって重いものは重い。
丸太に振り回されないように全身に力を入れて、踏ん張りながら振っていく。
夕暮れ、もう腕が上がらなくなってきたところで師匠が帰ってきた。
「今日はもう休め」
その手にはいくつかの荷物が抱えられていた。やはり街に行ってきたようだ。
一緒に中に入ると、師匠がテーブルの上に荷物を纏めていた。子供用の服に何冊かの本、そしてパンやら干し肉やらの食料。
「言葉を覚えろ」
どうやら本は子供用の教育本のようだ。中身は全く分からないが、めちゃくちゃありがたい。大事に使わせてもらうことにしよう。
服は今着ているものと似たものだ。これもありがたく使わせてもらおう。
師匠がすっとキッチンの方へ向かった。肉を焼くつもりなんだろう。火の起こし方なんかを知りたかったので後ろから見ることにした。
細かい枝や落ち葉を置き、その上に薪をいくつか重ねる。そして火打石で種火を作り火を起こしていた。やけに火が起こるまで早かったが、コツでもあるんだろうか。それとも、この森の木が燃えやすいのか。
よく見てみると、しきりに焚き口の近くにある模様を触っている。
「これ、なんですか?」
「火力を調節出来る」
指を指して聞いてみると、そんな答えが返ってきた。つまり火の魔法陣ってことか? なるほど、俺にはしばらく使えそうに無いということが分かった。
そういえば、この世界における魔法ってどんなものなんだろうか。当然魔法に関する知識なんかが俺にあるわけないし、よくある魔力とか魔法陣とか詠唱とか、いつか教わってみたい。
俺だって男だ、魔法があるなら使ってみたいに決まってる。なんてったってロマンがあるからな。
師匠は俺と会話する際のテレパシーみたいなものを使う時は、何かを詠唱したり口ずさんだり手で印を結んだりはしていない。あれが魔法なのかは分からないが、そうであるなら無詠唱ってことだろうか。
無詠唱、なんかカッコいい。
夕食はステーキにパンにサラダといつものメンツだ。文句どころか、こんな美味いもの食べさせてもらってありがとうございますという感謝しかない。
一気に食べ尽くし、流れるように食器を洗い寝床に付いた。
師匠は寝床につくまで俺をじーっと見ていた。寝ろって言いたかったんだろうか。なんとも読めない人だ。
―――――
翌日から、走る事と素振りに言葉のトレーニングが追加された。こうやって色々とトレーニングを増やしていけば、着実にこの世界で生きていく準備ができるだろう。
言葉のトレーニングは簡単で、師匠が指差したものの名前を言って、それを俺が復唱する。それだけだ。発音が間違っていれば首が横に振られ、あっていれば縦に振られる。
再度認識したけど、師匠本当に無口だな。
「まき」
「まき」
「にく」
「にく」
「かわ」
「かわ」
「走る」
「は、走る」
単純だがこれが一番効果的な気がする。しばらくは単語で会話する日々が続きそうだ。
素振りをするときも、数字を言いながら丸太を振る。重心や手足の動かし方を考えながらやっていたのでさらにそこから言葉も覚えながらだと、頭の負担が非常に大きい。
いや、逆に考えよう。将来何かと戦う時、ただ自分の動きだけを気にすればいいのか?
そんなはずはない。色んな事を考えながら戦わなければいけないはずだ。敵の動きや状況など、考えることは多いはず。
つまりこれも立派な修行!
なんて天才的な考え方なんだ、さては神童か?
「ふへへへへへ」
「・・・?」
おっと笑い声が漏れた。師匠が訝しげにこちらを見て頭を触ってきた。ごめん師匠、頭は大丈夫だから、多分。
修行ハイにでもなっていたのかもしれない。変な笑いが出てしまった。
まずいまずい、傍から見たら素振りしながら変な笑い方するガキだ。不気味すぎる。
気を取り直して、再度集中しながら素振りをする。一回一回を惰性でおざなりにせず、毎回全力で振り下ろし、止め、振り上げの動作を洗練させていく。
「1」
「いち」
「2」
「に」
「3」
「さん」
数える声と、風を切る音だけが響く。俺の音はぶうんと鈍く小さな音、師匠はボッ、と鋭く短い音。
俺の3倍は重そうな丸太を、目にも止まらない速さで軽々と振っている姿は驚愕としか言いようがない。おそらく、全力で振ったら音を置き去りにするとかそのレベルなんだろう。
俺もいつかそうなりたいもんだ。
夕暮れ、いつものように食事を摂る。
いつもと違うのはあのテレパシーみたいな魔法を使って会話しないことくらいだ。
「寝ろ」
「ねろ」
師匠が頷いたのを確認してから、俺も頷いて寝床に付いた。なんだか変な意思疎通が出来るようになっている気がする。
いや、これでいいはずだ。これをずっと続けていくことで自然に会話ができるようになるだろう。
おはようございます師匠、今日は何を?
ゴブリンを狩りに行く。戦闘訓練だ。
なんちって。いやでも、いずれ本当にそういう会話をするようになるかもしれないしな。
そんなくだらないことを考えているうちに、俺の意識は深く沈んでいった。
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