第2話 修行開始!
「走れ」
起きて、パンとベーコンを焼いたものを朝食として食べさせてもらえた。
直後、外でその一言だけを伝えられた。
昨日の事を思い出して考えるような暇もなかった。
「・・・体力つけろってこと?」
男、いや、師匠と呼ぼう。名前教えてもらってないし。
師匠はもう俺に目もくれずに薪割りをしている。あとは自分で考えろってことか?
とりあえず、遠出するのは怖いので家の周りを大きくぐるぐる回ることにした。ひたすらぐるぐると周り続ける。
10周したあたりで師匠に止められた。そしてまた一言。
「遅い」
「もっと、早く、走れって、こと?」
「合図するまで走れ」
・・・もしかしてとんでもないスパルタ師匠なのでは?
正直もうしんどいが、師匠が見てるので手を抜くわけにもいかない。半分やけくそで思いっきり走る。一周したのを見て師匠は満足したのか頷いて薪割りに戻っていった。
本当にほぼ全力での一周だ。これを続けろってか。死ぬぞ、おれ。
3周走って1周ペースダウンを繰り返してみた。たまに師匠がこっちを見ていたが特に何も言ってこなかったのでこれでもいいんだろう。
とんでもなくしんどいけど、ずっと全力より流石にマシだ。
「ぜえ、はあ・・・うぷ!」
吐きそうだ。もう何周走ったか分からない。ヘロヘロで、もはやゾンビだ。意地だけで足を動かしている。
やっと師匠が手を叩いた。足を止めてその場に座り込む。シャツどころか、ズボンまで汗でびっしょりだ。
そういえば準備運動をしていなかったと思いながらぷるぷると震える手足で柔軟運動をする。子供の体だからか、かなり柔らかい。自分の体なのになんだか不思議な感じだ。
師匠がジョッキになみなみと塩水を入れて持ってきてくれた。半ば奪うようにそれを手に取り、一気に飲み干した。
「っぷはぁ! ああ、生き返る・・・」
「少し休め」
そう言って師匠は家の中に戻っていった。途中から余裕がなくて見ていなかったが、薪割りはとうに終わらせていたようだ。
しかし、昨日から走った後に塩水を持ってきてくれるけどそういう知識ってこの世界にあるんだろうか? 塩分とか、栄養学みたいなものが。
文化とか国とか、どうなってるんだろうか。生憎とそういった知識には疎いからな。
森を抜ける風が心地良い。どこからか鳥の鳴き声も聞こえてくる。昨日の死にかけていたときとは全く別の場所みたいだ。
体感5分ほどで師匠が戻ってきた。干し肉のようなものを手渡される。食え、ということだろう。かぶりつくと、何の肉かは分からないがやはり干し肉だった。味付けはやはり塩だけだが、めちゃくちゃ美味く感じた。
それを食べきると、手で付いてこいと促される。
付いていくと、50センチほどの長さに10センチほどの直径の小さな丸太を手渡された。薪用のものだろう。薪割りをしろということかと思ったら、頭を触られた。
「振れるだけ振れ」
「・・・は?」
まさか、これで素振りしろってことか?
木材はかなり重い。正直、構えを取るのでもいっぱいいっぱいだ。
師匠は別の丸太を手にとってゆっくりと素振りをしている。恐らく俺にどうやればいいのか分かりやすく手本を見せているつもりだろう。
違う違う、フォームとかじゃなくて根本的に筋力が足りんのよこっちは。
だが、多分そんな事を言ったって師匠はやれとしか言わないだろう。そんな気がする。
またヤケクソで丸太を振り上げ、振り下ろす。重さを止めきれず、前のめりに体が引っ張られて丸太が地面を叩いた。師匠はそんな俺を気にも止めずに丸太を緩やかに振っている。
そんなものか、と言われているようでなんとなくムカついた。多分俺の勘違いだろうけれど、なにか張り合うようなものがなければこんな無茶やってられるか。
こんなもんすぐにブンブン振れる様になって驚かせてやる!
「やってやらぁ!」
「っ・・・」
俺の気合の声に師匠がビクッとした気がするが気のせいだろう。
結局辺りが暗くなるまでやったが、ゆっくり上げ下ろしをするのだけでも精一杯だった。
とても素振りなんて呼べたものじゃない。それでも負担は大きく、最後には手も上がらないくらいになっていた。
師匠はうんうんと頷いていたが。よくわからん人だ。
夕食はステーキとサラダとパンだった。ステーキは何の肉かは分からないが、ゴブリンとか言われても嫌なので聞かないことにした。
サラダも食べれる野草とかだろう。味付けも何も無かったがとにかく腹に入れた。パンは保存食のような焼き固められたものだ。歯ごたえ抜群である。
腕に力が入らずナイフを持ってぷるぷると震えていたら、師匠が肉を一口サイズに切ってくれた。
とにかく動きまくって腹が減っていたのでガンガン腹に入っていった。
師匠は真顔でずっと俺を見ていて、食べ過ぎだと怒られるかと思ったら、俺が食べてすぐにパンやサラダを補充して、どんどん俺の前に置いてくれた。
多分俺の食べっぷりが気持ちよくて見てただけだろう。顔で損するタイプだなこの人。
師匠はボサボサの髪に無精ひげ、鋭い目つきに加えて右のこめかみから口元に向かって大きな傷跡がある。
顔立ち自体はかなり整っているから身なりをちゃんとすればかなりの色男になるはずだが、無愛想だからとっつきにくくはあるだろう。
二枚目の肉を焼こうとし始めた師匠を慌てて止める。流石にそこまでは食えねえよ!
「食ったら寝ろ。食器はそのままでいい」
「・・・今更だけど、なんでこんなに良くしてくれるんだ?」
「ガキを見殺しにするほど腐っちゃいない」
この人に拾ってもらえて本当に良かった。コミュニケーションは取りづらいけど、色んな場面で師匠がすごくいい人だってのが伝わる。
追い出されるまではここに居よう。師匠も俺を鍛えようとしてくれてるみたいだし、甘えさせてもらおう。
体を鍛えて、剣を教えてもらって、この世界の言葉も覚えたい。
居候の分際で図々しいかもしれないがそんなこと言ってられるか。俺がこれからこの世界で生きていくためだ。
師匠は自分の分をすぐに食べ終えてから外に出ていった。
俺は腹ごなしに軽く柔軟をしてから寝床についた。めちゃくちゃ運動したので、すぐに眠気が来る。
明日からも頑張ろう。
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