第1話 人生最悪の寝起き

目を開くと、どこか分からない森の中に居た。

 木々の背は高く、幹は太い。何の木かは分からないが、随分年季は入ってそうだ。


「ああクソ、人生最悪の寝起きだ」


 とりあえず座り込んで自分の体を確認する。小さな手に短い足、ぷにぷにの二の腕。どうやら本当にガキになったようだ。髪を一本抜いてみると、鈍い赤色をしている。

 転生なんて言ってたが、赤ん坊からじゃないのか。

 そういえばなんか言ってたな。なんでガキからスタートじゃねえんだ?

 よくわかんねえな。


「ちょっとしたサービス、とでも考えとくか」


 服は麻かなにかで出来た、安っぽくみずぼらしい茶色いものだ。ポケットには麻袋が入っていて、複数枚の銀色の硬貨が入っていた。どのくらいの価値があるかは分からない。ムカつくあいつのちょっとした餞別といったところか。

 自分の姿を確認し終わったところで、ゆっくりと立ち上がった。ここでずっと座ってたって始まらない。

 近くに落ちていた木の棒を立てて、倒す。倒れた方にとりあえず歩いていくことにした。


「近くに街とか村とかあるといいけどよぉ・・・」


 無かったらどうすればいい?

 最悪の状況が脳裏をよぎる。餓死、脱水、魔物に襲われる、考えられる最悪はいくらでもある。

 それらを振り払うように頭を振った。今考えたって無駄だ。とりあえず今の俺に出来ることはただ歩くだけ。

 いい感じの枝をぶんぶんと振りながら、先の見えない森を歩いていく。


―――――


 一時間は歩いたはずだ。


「あぁ、きっつ・・・」


 今の俺では、一時間歩き続けるだけでもきつい。おまけに景色は全く変わらない。精神的にも萎えてしまいそうだ。

 近くの木の根元にどっかりと座り込む。ダラダラと流れ落ちる汗を拭い、ゆっくりと深呼吸する。一時間ただ歩くだけでこんなに疲れるなんて思っていなかった。

 背後で、ぱきりと枝の折れる音がした。明らかに、なにか生き物が動いた音。ゆっくりと振り向くと、そこには奴らが居た。

 ファンタジーの代名詞、悪しき妖精。緑色の肌に鋭い歯。ゴブリンだ。

 ただ少し、想像していたゴブリンとは違っていた。全身から強さが滲み出ているのだ。筋骨隆々とした体に、険しい表情。手製だろうか、棍棒と弓すら手にしている。

 瞬間、その場から走り出していた。全身が警報を鳴らしている。頭で考える前に体が判断した。

 逃げろ!


「くそっ、くそっ、くそっ!」


 石が柔らかい足の裏を刺激する。木の根に躓きそうになる。振り向かずにひたすらに足を動かす。

 あれはヤバい。怖い。逃げなきゃ殺される。多分、逃げ切れない。知るか、逃げろ! 死んでたまるか!


「誰か、誰か居ねえのかよ! 助けてくれ!」


 俺の叫びは、虚しく森の奥へと溶けていく。後ろから聞こえる足音はもうすぐそこまで迫っている。


「ああ、くそ、死んで、たまるか! ふざけんな、畜生!」


 覚悟を、決めた。

 足元の枝を拾う。振り向きざまに適当に枝を大きく振った。ゴブリンは俺が反撃してくると思っていなかったのか、先頭の頭部に枝は直撃した。

 枝はそれだけで折れた。折れた枝を両手で握りしめ、ゴブリンに向ける。両手ががたがたと震える。息が整わない。ラッキーヒットは、かすり傷にもなっていなかった。


「ぜッ、はあっ、くそっ、殺してみろ! はあっ、目玉、一つは、代わりに、貰うぞ! はあ、はあっ、失明、してえのは、どいつだ!」


 追ってきていたゴブリンは3体。どう足掻いても勝ち目は無いだろう。

 ただでは、死なねえ。目ン玉の一つでも抉り出してやる。

 俺の異様な気迫に押されたのか、ゴブリン共の動きが止まった。互いに睨み合い、動かなくなる。じりじりと足だけが微動している。

 ゴブリンが睨み合いに終止符を打った。棍棒を振りかぶり―――動きが止まる。

 ずるりと首が落ちた。


「・・・は?」


 背後に、何かの気配を感じ、咄嗟に後ろを向く。

 無精ひげの生えた、1メートルほどの剣を持った男が立っていた。


「た、助けてくれたのか・・・?」


 残ったゴブリン達はすぐに引いていった。

 安堵から力が抜け、その場にへたり込む。


「助かった・・・」

「~~~~~?」


 男が何かを話した。が、俺の知らない言語だ。手を振ったりして敵意はないこと、言葉が分からない事をなんとか伝えようとする。

 男は顎を指でトントンと叩き考え込んだ後、頭に右手を当て、俺の頭に左手を当てた。


「分かるか?」

「うおっ、頭いてぇ!」


 言葉が頭の中に流れ込んできた。そう言うしか無いような感覚と、なんとか耐えられる程度の頭痛が襲いかかる。


「幼子には負担が大きいか・・・」

「お、俺、行くところがねえんだ! 連れてってくれ!」

「・・・着いてこい」


 たったそれだけの会話を交わして、男は手を離した。途端に痛みが引いていく。今のは、まさか魔法か?

 男はすぐに歩き出した。慌てて立ち上がり付いていく。

 さっきまでの一連の出来事で心身ともにヘロヘロだが、付いていかなきゃ死んじまう。男の歩幅は大きく、今の俺では小走りでないと追いつけない。まだ震える膝に鞭打って必死に付いていく。


―――――


 3時間も走っただろうか。肺が張り裂けそうだ。膝は笑っている。男は今までに2、3回振り返ったのみで、一定のペースで歩き続けている。

 今すぐにでも止まりたい。限界なんてとうに超えてる。汗が目に入って視界が滲む。涙も、混ざっている気がする。

 男が、ついに止まった。先を見ると、森の中に一軒のログハウスが建っていた。


「やっ、と・・・つい、た・・・」

「~~~~~~~」


 ぜえはあと息を吐きながら、家の前で仰向けに寝転がる。汗で泥が纏わり付くがそんなこと知ったことか。

 しばらく寝転がっていたら、男が陶器製のコップを持ってきてくれた。中身も見ずに一気にあおる。ただの塩水だったが、涙が出るくらい美味かった。

 付いてこいとジェスチャーされるままに行ってみると、家の裏手に小さな川と作ったのであろう池のようになった場所があった。体を洗えということだろう。

 服のまま飛び込んだら、少し驚いたような顔をしてから体を拭くための布を持ってきてくれた。水は冷たくて、走り続けた体にはとても心地よかった。

 服を絞ったり体を拭いたりする際に初めて自分のアレを見た。何がとは言わないが、将来は有望そうだ。ナニが。


 濡れた服を再度着て、ログハウスの中を見せてもらった。キッチンとダイニング、寝室、倉庫と中は結構広い。

 毛布とクッションを貰い、倉庫で寝るように指示された。倉庫に入ると、安心感から一気に眠気が襲ってくる。すぐに横になった。

 今日は厄日だ。いきなりワケわかんねーまま転生させられて、森に放り出され、しまいにはヤバそうなゴブリンに襲われる。あの人のおかげでなんとか生き延びたし、寝床までもらった。

 色んなことが一気に起こりすぎだ。


「絶対、生き抜いてやる」


 もしよければ、ここに住ませてもらおう。そして体を鍛えよう。今のままじゃ俺はただのガキだ。この森も生きて出られやしない。

 ここで強くなる。あのゴブリンにも負けないくらい。いつかあいつをぶちのめすために。

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