第4話

 こうして、ティーノ様と距離を置いて不仲説を裏付ける演出をした後、私は、他の方と一緒に舞踏会へ参加することにした。これを何回か繰り返してから、婚約破棄を提案すれば、周りは違和感なく受け入れて、円満破棄になるんじゃないかしら?

 どなたにお願いしようかしら?

 悩んだ結果、後妻を募集されているお金持ちのマリーノ子爵様にお願いすることにした。白髪のナイスミドルなおじ様なのだ。私の参加しているサロンのチェス仲間でもあり、気心も知れている。

 ちなみに、おじ様たちにも「三回同伴したら婚約」ルールが適用されるかは、ただの慣例だから微妙な所。でも、安全目にみて、二回までにしといた方がいいわね。婚約破棄された後、それを盾に婚約を迫られたくないでしょうし。

 ……、あれ? 逆に迫っちゃう?? マリーノ子爵、次の候補としては、かなりいいんじゃないかしら。優しくて、ふるまいもエレガントだし、私、結構好きなのよね。まあ、これは今後の話。今は、まずは、婚約破棄だ!


 さて、今日は、ティーノ様に会わなくなってから、初めての舞踏会だ。

 私は子爵様にエスコートをお願いして王宮まできている。

 馬車から降りるときはしっかり、横を歩くときは、そっと触れる、そつのない素敵なエスコートだ。

 適度な距離感が心地いいし、安心する。

 ティーノ様だといつもは……、はっやめやめ!

 今日の私は、子爵様に夢中なの! あの溺愛モードがなくて寂しいなんて考えちゃダメっ……て、考えちゃってるよ。馬鹿な私。


 今日の舞踏会を選んだ理由は、王女様がいらしているのにティーノ様が来ていないという、またとない機会だから。

 私も子爵様も、王女様に直接ご挨拶に伺えるような身分ではないので、お目に留まるように近すぎず、遠すぎない場所をマリーノ子爵と一緒に歩いた。

 見てくれたかしら?

 王女様の視線がこちらに来たような気がする。


 すると、しばらくして王女様からお呼びがかかって、私は王女様がお座りになっている上座の席へと向かうことになった。

 マリーノ子爵は心配して近くまでついてきてくれた。

 何かあったら飛び出しておいで、と優しく言ってくれるのが、とても心強い。


 周りはもちろん興味津々で、私の動向をうかがっている。

 さあ、うまくやるわよ!


 王女様は、椅子に座って私をお待ちだった。

 以前見た時も思ったが、本当にお美しい方だ。前回は遠目にしか見えなかったがこうして近くにまみえると、けぶるようなまつ毛の下の生き生きとした目の輝きと薔薇色の頬が、とても魅力的だ。ティーノ様の好みは中々いいわね。

 取り巻きのメンバー五人ほどが、側のテーブルや椅子でこちらを見ている中で、王女様は私に向かって口を開いた。

「あなたがティーノの婚約者ね。なかなか可愛らしい令嬢ね」

「ご挨拶申し上げます。麗しき白百合の君、アデリーノ王女殿下。ティーノ=モンタルチーニの婚約者のニナ=カリーリでございます。今のところは、ですが」

 これは、チャンスなのだ。

 王女様の圧力で婚約破棄、ならば、彼も私もそれほど体面を傷つけず婚約破棄できるはず。

 彼の体面を傷つけない方法を色々探っていたが、やはり、王命に逆らえず、というのが、一番無難な幕引きだと思ったのだ。

 それに、私もやむなく身を引く体を作れば、もしかしたら、私の事をかわいそうに思って、誰かもらってくれるかもしれなくない? なんて打算もちょっとあったりするけれど。

「今のところは、ね」

 殿下は、私の顔を推し量るように見つめてくる。三つも年下とは思えない落ち着きようだ。

「はい、おっしゃる通りでございます」

 いい感じ。

 もう一押し。


 でも。そこへ予期せぬ事態が。

 その場へ、ティーノ様が駆け込むような勢いでやってきたのだ。


 ええー なんで来ちゃうのー? せっかくティーノ様がいない夜会を選んだのに。

 もう、ややこしくなる予感しかしない。


「あら、ティーノ。今日は大事な用があるからと言って、私のエスコート役を断ったわよね」

 アデリーノ殿下の声に、ティーノ様は、さっと、王女殿下へ拝謁の礼をとると、堂々ととんでもないことを告げる。

「体調をとり戻した婚約者が出る久しぶりの夜会です。私には、それより優先すべきことなどありません」

 ええ? 何余計な事言ってるのよ! このばかばかばか。

 もう、溺愛モードはいらないのに! この馬鹿は、私が側にいると、溺愛モードこれをやらずにはいられないらしい。もういい加減にすればいいのに。

 せっかく私がうまく誘導してたのに、全て水の泡だ。

 もう、ここでこれ以上私が何か言っても、状況を悪くするだけだ。王女様に、婚約者は渡さないよアピールだと受け取られたら厄介だ。

 私は速やかに撤収することにした。

「王女殿下、私はこれで失礼いたします。本日エスコートしてくださった子爵様があちらでお待ちなので」

 ティーノ様がこっちを振り返る。

 もう、――なんでそんな泣きそうな顔してるのよ!

 その表情に、私は胸を突かれるが、ここでほだされるわけにはいかない。

「ティーノ様、お久しぶりでございます。私は本日はこれで失礼させていただきます、ごきげんよう」

 私は、笑みを浮かべたまま、ティーノ様の前を通り過ぎる。

 おとなしくしてなさいよ。

 待て。

 できるでしょ?

 しかし、そんな私の期待は空しく、ティーノ様は、私の前に立ちふさがると跪いて私の手を取った。

「ニナ。体調はもう大丈夫なの? 心配したよ。さあ、今日は、僕が送るよ」

「お放しくださいませ。私、今日はマリーノ子爵にエスコートをお願いしておりますの」

「ああ、僕が断っておいたから、大丈夫だよ」

 もう、何考えてんのよ! こんなことしたらあなたが王女様と後でくっつきづらいじゃないのよ。

 それとも、こんなに溺愛してくれる婚約者を振るなんて、どんな悪女だと私がののしられるパターンでいくつもりなの? そんなに私を悪者にしたいってこと?

 どんどん私の円満婚約破棄が遠のいていく。

「勝手なことをしないでくださいませ」

「ニナ、すねないで。僕も会いたかったんだよ。どういうわけか男爵が会わせてくれなくて、今日だって知ってたら絶対に僕がエスコートしたのに」

 それは私が頼んだからよ。

 そうしてる間にも、ティーノ様はいつの間にか立ち上がって、私の手をなで、頬を撫で、ついには抱きしめてしまっている。

 ここまではもう自然に、いつも通りの流れで。

 なので、私も、ついつい止めはぐってしまった。ここが王宮の舞踏会だということも忘れて。

 そして、ティーノ様は、いつも通り、私の後頭部を抑えて、顔を上に向かせると、そのままキスをした。



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