第3話

 王国の第三王女であるアデリーノ殿下が、ティーノ様をお気に召したらしい。

 ティーノ様も、そんな殿下のところへ足繁く通っているらしい。

 瞬く間にそんな噂が社交界を駆け巡った。

 ティーノ様は侯爵家の次男だが、将来的には侯爵家が複数持つ爵位のうち、伯爵の爵位を受け取ることが決まっていた。でも、王女様が降嫁される場合は、その夫は侯爵の称号を賜ることが国家法として決まっている。王女様と結婚すれば侯爵様になれるのだ。

 第三王女様は、ティーノ様と同い年で、学園で同じ生徒会役員をなさっているらしく、美人で成績優秀で性格もよいと評判だ。

 これは、きっと、そういうことだろう。

 諦めかけていた婚約破棄が、急に現実の事となって私の目の前に転がってきた。


 これは、神様がくれたチャンスかもしれない。

 努力しないと、罰が当たるというものよね。

 私は、気持ちを切り替えて、今度こそ、うまくやらなくては、と慎重にやり方を考えることにした。


 それから少したったある日の夜会。

 いつものように、ティーノ様は私をエスコートして、溺愛ぶりをまわりに見せつけている。二人きりになって暴言を聞くのも嫌なので、エスコートを断って、一人で化粧室へ行って戻ってくると、ティーノ様と王女様が踊っていた。


 王女様の流れる淡い金の髪がキラキラと光を反射して、細くたおやかな手足が、翻るレースの中に見え隠れする。ティーノ様は、王女様を支え、美しい足さばきで優雅にターンする。お互いに見つめ合い、小さく囁き合う二人は、ため息をつくぐらい美しい似合いの一対。

 思わず、目に涙が浮かぶくらい美しかった。


 王女様とのダンスを終えたティーノ様は私のところに戻ってきたが、なんだかぎこちない。いつもと違って溺愛モードにならないのだ。

 ああ、王女様きれいだったもの。さては、演技する余裕もないほど、王女様にやられちゃったってことね。これは、案外早くに決まるのではないのかしら?

 ふむ。

 でも、私にあれだけ溺愛モードで振舞ってたのに、王女様からちょっと粉かけられたからってすぐに乗り換えるのは、周りからどう思われるかが心配よねえ。

 これは、お姉さんが一肌脱ぐしかないわね。



 まず、私は、社交の場には出て行かないことにした。

 ティーノ様は、人前で一緒にいると、多分、今までの流れもあってあの溺愛モードに入らざるを得ないのだ。

 王女様に乗り換えようというこの時期、あんな溺愛モードで振舞うティーノ様を人前で見せるわけにはいかない。

 私は、本当はこんなことは失礼でしてはいけないのだけれど、ティーノ様の誘いをできる限り断ることにした。


「ニナ! どうなってるの? いくらなんでもティーノが可哀そうよ。あんなにあなたの事を思ってるのに、最近は会ってあげていないんですって!?」

 ちなみに、エリーゼは、ティーノ様にすっかりだまされて骨抜きだ。親友なのに、一番頼りにならないことは学習済なので、私は彼女にこの件を相談することはとうにやめてしまっている。義弟の腹黒さをいくら言っても信じないんだから。

「はいはい、調子がよくなってきたら会うからって言っておいてー」

 エリーゼには、適当なことを言ってごまかしておくことにした。

 ごめんね、親友。


 そんな中、ティーノ様がしびれを切らして我が家に来たりしたけれど、調子が悪いとか色々理由をつけて、無理矢理帰ってもらった。お父様が応対することになったので、後でお父様に呼びつけられてしまった。

「お前、ティーノ様とはどうなっているんだ。最近、王女殿下とティーノ様との噂がよく聞こえてくるが、それを気にしているんじゃ……」

「ねえ、お父様、婚約の件だったら、もういいのよ」

「だめだ、ゆるさん。あんな青二才にお前がいいようにもてあそばれて」

 格差婚約だから事実かもしれないけれど、言葉の使い方がだいぶなっていない。誤解を招く言い方はやめてほしい。それに侯爵家のご子息を捕まえて青二才とかちょっとないと思う。お父様はこういうところがある人なので、今更指摘したりはしないけれど。

「もともと分かってたじゃない。それに、早い方がいいと思うの。もしかしたら、私も次があるかもしれないし」

「つ、次とは、まさか、お前、そういうことか」

「まさかも何も。普通考えるでしょ」

 お父様、私にずっと家にいてほしいのかしら。それとも、破棄された後は、修道院へ行くべきだとか、古い考えをお持ちだったかしら?


 そんな対応を繰り返しているので、最近、我がカリーリ男爵家とモンタルチーニ侯爵家がうまくいっていないという噂が出回り始めた。

 その一方で彼が王女様と仲良くしているという噂が聞こえてくる。


 なかなか下準備はうまくいっている。


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