第2話

 さて、私も十九になった。彼は、十六。


 私は、どうにか、この婚約を破棄しようとあの手この手を巡らせた。

 しかし、どうにもうまくいかない。

 そもそもの原因が、私の周りの人間が、これを、婚約破棄前提の格差婚約だと思っていないのだ!!

 はたから見ると、それ以外の何物でもないのに、なんで誰も現実を見ようとしないんだろう? 私の人生がかかっているのに。特にお父様! 


 そして、これが格差婚約だと誰も信じてくれない一番の原因が、婚約者のティーノ様にある。


「おいで、ニナ。疲れたろう? こちらに席を用意したよ」

「用事があるの? 僕が連れて行くよ」

「何かしたいことがあるの? 僕が何でも叶えるよ」

「プレゼントだよ。君の美しい夜空のような黒髪に似合う色を僕が選んだんだ」

「失礼。僕は、ニナとしか踊らないと決めてるんだ」

 これよこれ!

 誰よ、これ!!

 なぜなら、人前での彼は、まるで私を溺愛してるかのように振舞うからだ。


 こんな状態だから、裏では、彼が私にあんなひどいセリフを吐いてるってこと、誰も信じない。


 ほら、そこのあなた。思ったでしょ?

 そうそう、私も、はじめは思ったわよ。

 最初の婚約申し込みの時は、ちょっとはずかしかったとかそんな感じでツンデレさんになっちゃっただけで、間違えてあんなこと言っちゃったんじゃないかしらって。

 だってねえ、人前では、ザ・溺愛って感じだし、周りからはうらやましがられるし?

 ほんとは、ティーノ様は私の事大好きなんじゃ、なあんて思ったこともあったわよ。

 昔は、もっと天使だった時代もあったわけだし?

 まあ、それがいつのまにか、あんな裏表男になっちゃったけど。


 で、結論。

 はいはい、そんなおいしい話はどこにもありませんでした!

 ちょっとそれっぽいことを言ったら、

「誤解させるのはよくないな。これからは折に触れて思い出させることにしよう」

 なんて言い出して、しょっちゅうこの婚約はいつ終わりだとか言い出すようになったわよ。もういいわよ。しつこいわよ。

 だから、私は誤解したりしない。


 今日は、二人きりのお茶会だ。侍女が、気を利かせてお茶の準備をした後、テーブルの上にベルを置いて去っていく。

 行かなくていいのに。またあの暴言をきくのは、慣れたとはいえ、気が重い。

 全く、いつまでこんなこと続けるんだろう?

 ああ、わかった。

「エリーゼの結婚までってことね」

 さすがに、結婚してしまえば兄に手を出されるとか、そんな誤解はなくなるだろう。

 思わず言葉に出すと、当然のように、冷ややかな対応が返ってくる。

「何がだ」

「婚約期間よ。婚約破棄するんでしょう?」

「時期は俺が決める」

「はいはい。でも、準備もあるんだから、早めに教えてくれると助かるわ」

「わかった」

 結局、お兄様狙いだと思われて婚約者に選ばれたかどうかは、この反応ではよくわからない。

 まあ、次期を早めに教えてくれるんならいいわ。この辺で妥協しておきましょう。


 実は、最近、どうでもよくなってきてしまっていた。

 はじめのころは、私も、早く婚約破棄して次の人、なんて考えてたんだけど、別にこの期間がもうしばらく続いてもいいかな、なんて思えてきてしまっていたのだ。

 だって、ティーノ様は人前でだけでも、こんなに優しくふるまって、愛されてるなんて夢を見せてくれる。たとえそれが偽物だったとしても、溺愛体験なんて、そうそうできるものではない。

 おまけに相手は、侯爵家次男のティーノ様だ。家柄の良さもさることながら、子供の頃天使だったティーノ様は、十六歳の少年と青年の狭間の今、それはそれは匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまっていたのだった。錫色すずいろの髪に唐紅からくれないの瞳はとても神秘的で、見つめられると、もう、これはこれでありなんじゃないかなっ、と私はだいぶ流されてきてしまっていたのだ。

 この先結婚なんてしないかもしれないし、お年を召した方の後妻程度なら入ったりするかもしれない。けれど、おばあちゃんになった時に、こんな素敵な方に溺愛されてたのよ、なんて思い出があったら、晩年はそれはそれで楽しく生きていけるんじゃないかしら。その時は、もちろん、セットになる婚約破棄の思い出は、しっかり忘れてしまおう。溺愛モードだけ覚えておくのだ。私、忘れるの得意だしね。


 なあんて感じに、そろそろ私が諦め始めた頃、それは起こった。


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