溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里

第1話

「お前と婚約してやる」


 親友エリーゼの婚約者の弟ぎみで、私の三つ年下のティーノ様は、そんな風に私にプロポーズをした。

 それまで天使の様だったこの少年が、ちょっと偉そうに胸を反らす様子はなんだか微笑ましくて、成長したんだなーなんて思わずにこにこしてしまった。

 お姉さんに憧れてくれたの? 嬉しい。でも、あなたのお父様の侯爵様がお許しにならないから、無理だと思うわ。まあ、まだ子供なんだし、傷つけないように、お姉さんが優しく現実を教えてあげなくちゃ。

 なあんて、ほわほわとしたことを一瞬思った後、私は塔の上から真っ逆さまに突き落とされた。あ、心情的にね。


「この婚約は、お前が行き遅れになって、誰にも貰い手がなくなった頃に終わりだ、覚悟しておけ」

 天使の様だったティーノ様の暴言に、耳を疑ったわ。

 そして、気づいた。

 あ、これ、だ。

 そういうことね。なら、侯爵様もお許しになるでしょうね。ええ。

 私はこの先待ち受けているであろう自分の未来を考えて、一人遠い目をしてしまった。

 バイバイ、私の甘い青春と素敵な結婚。ウェルカム、暗い老後かおひとり様人生。


 こうして。

 私、男爵家次女のニナ=カリーリ、十五歳と、侯爵家次男のティーノ=モンタルチーニ、十二歳の「格差婚約」がスタートしたのだった。


  ◇◇◇◇◇◇


 最近、格差婚約+婚約破棄が流行っている。

 ここ、ティント王国では、夜会などの王室行事において、パートナー同伴が推奨されることが多い。そして、戦後の人口増加・結婚促進戦略のために作られた「三回同伴したら婚約申し込みしなければならない」という慣例が今なお残っているため、貴族の間では夜会に参加できる十七になると男女ともに婚約せざるを得ない状況に陥るのである。

 そこで、平和になりつつあるこの時代、逃げ道として格差婚約+婚約破棄が流行りだした。まだまだ遊びたい、決めたくないという爵位の高い方々が、形式だけの為に後で婚約破棄しても問題の出ない爵位の低い家から婚約者をたてるのだ。

 破棄された令嬢がその後どうなるかは、推して知るべし。ちょっとした社会問題になっていた。


 うちは、男爵家で、ティーノ様は、侯爵家。

 ということで、私もまた、この度その犠牲者の一人に名を連ねてしまった。


 でも、世の中いくら格差婚約が流行ってるからって、これはないわ。

 一番の理由は年齢だ。この国の貴族の結婚平均年齢は男性が20~23、女性は、18~20、ちなみに結婚できるのは、基本、男女とも十八からだ。そして、この平和な世の中、男性側の結婚平均年齢だけはどんどん上がりつつある。

 私は三つも年上なのだ。いつまでこのおままごとに付き合わなければならないのか、考えるだに、げっそりしてくる。


 しかし、なんで私なんだろう?

 だって、こんなことしたら、家同士の関係が悪くなるのは目に見えてるじゃない。

 私は、次期侯爵夫人のエリーゼの親友だ。そんな私の心証を悪くする必要なくない?

 ――ああ、ひょっとして、エリーゼとしょっちゅう一緒にいる私が、エリーゼの婚約者である、次期侯爵様に手を出すとでも思ったのかしら?

 首に縄でもつけときたいってこと?

 エリーゼがしょっちゅう私の事を侯爵家に呼びたがるから、おいしいお菓子目当てにのこのこついていった私が馬鹿だった。友達の婚約者のお家に遊びに行くとか、常識的にないわ。

 その考えなしの行動の罰だというのなら、いいわ、甘んじて受けましょう。自分のしたことに責任を取るというのは、我が家の家訓だ。

 せめて人道的な配慮をもって、この婚約が私が二十になるまでに破棄されることを祈るばかりだ。

 後妻なら、まだいい。せめておひとり様人生だけは回避したい……。


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