ありがとう
野口マッハ剛(ごう)
いっぱいのありがとう
よくこういうテーマを耳にすることがある。
『もしも、世界が明日で終わったら?』
オレはタバコに火をつける。仕事終わり、会社の屋上で。沈みかける夕焼け、明日の朝をまた見るであろう会社の屋上。オレはエレベーターでビルを降りる。もしも、世界が明日で終わったら? なんてことは、オレには想像できない。いつもの飲み会の誘い、今日は辞めておいた。仕事が大変な量だったから。今日は早く寝よう。
いつもの駅、オレは帰りの電車に乗った。いつもの満員電車。オレはこんな毎日を送っている。
電車から降りる。おや、駅を間違えたようだ。うーん、次の電車を待つか。オレは喫煙所でタバコを吸う。世界が明日で終わったら、か。
オレは帰りの電車を待つ。おや? 人が全く見当たらない? オレは腕時計を見る。まだ、8時、今ごろ同僚たちは飲み会の酒が進んでいるだろう。オレは、もうちょっと電車を待つ。
『ありがとう』
そんな言葉が聞こえた。うーん? 周りに人は居ない。オレ、疲れているのかなぁ? ん!? 目の前の線路に女性が立っている!? オレは慌てて助けに向かった。
「バカ野郎! 早く上に登るんだ!」
すると、その女性はこう言った。
『よく言われる、私が助けを求めても誰も助けないくせに、いざ私が死のうとすると、そう言われる』
「はあっ!? 何を言っているんだよ? 命を大切にするんだよ!」
『それじゃ、私のことを助けてくれる?』
「わかった! わかったから、早く上に登るんだ!」
全く、なんなんだよ? オレと女性は駅の上に戻った。それにしても、全く周りに人は居ない。どういうわけだ?
『ありがとう』
女性の優しい笑顔と同時にオレは一瞬で目の前の光景が変わった。オレは声を出すことも出来ずに車に正面から勢いよくぶつかる。
「大丈夫か!」
「今、救急車を呼んだからな!」
う、痛いのを通り越して全身が冷たくなっていく。オレ、そう言えば、あの時、会社の屋上で、死のうと、思って、い、た。
オレ、何をやっているんだよ? もしも、世界が明日で終わったら? オレ、死のうとして、まだ死にたくない。
『大丈夫ですか? 安心してください。私の手を握ってください』
さっき、の、線路、の、女性、だ。
『しっかりしてください! 救急車が来ました!』
オレは、こう思っていた。オレはひとりぼっちの大人だった。会社では居場所なんてなくてさ。どういうわけだ、死のうとして、道路に飛び出して、線路の女性の場面に切り替わったのは?
『ありがとう! 助けてくれて、ありがとう!』
オレはしばらく生死の境をさ迷ったらしい。あの時の女性の顔を覚えている。それから、ひとつ知ったことは、同じ日の同じ時間に、一人の女性が線路で電車にひかれたことだった。
オレは、まさか、と思った。確かめようがなかった。あの女性の優しい笑顔が、どうしてオレに見えたのか。それから、オレは回復をしてリハビリの毎日、あの線路の女性は、いや、ありがとう、の意味がわからない。
オレは生きている。
『ありがとう』そう言った線路の女性は、本当はオレと同じで死にたくなかったのだろうか。だから、そう言ったのだろうか。
ありがとう 野口マッハ剛(ごう) @nogutigo
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