第18話「グリフィスside スパイダーの噂」

グリフィスが向かった先はホテルの屋上だ。公園のような場所が広がっている。

彼は空を見て目を細める。まだ夜はもう少し先。


「おや?アンジュさんは一緒じゃないのですね」


軍服を着た鬼はグリフィスの横に並び柵に肘を置いた。千景は自嘲するように

笑みを零した。


「彼女を見ると思ってしまいますよ。人間だった頃の自分はどうして人間を

殺めてしまったのか、ってね」


千景は生まれついての鬼ではない。人間として生きていたが道を踏み外し、人々が

恐怖する鬼へと成り果てた。


「自分の事だろう。分かっているはずだ。お前は人間に怒っていた、だから殺した」

「むぅ…もう少し同情をしてほしかったんですけどねぇ…」

「同情することだけが慰めではない。それは時に甘やかすだけになる」

「そうですね。…あ、すみません。もう交代の時間なので失礼しますね」


千景は手を振り、グリフィスに背を向けて歩き去った。ようやく陽は傾き始めた。


「はぁ~~~~~~~…」


ベンチで長くため息を吐く女性が一人。服装から察するに彼女は式典に参加する

客人らしい。試しに話を聞いてみよう。


「どうされたんです。溜息を吐くと幸せも一緒に消えてしまいますよ」

「あらぁ、中々良い男前じゃない。聞いてくれる?アタシ、式典に行くんだけど

怪盗のせいで数が限定されちゃって…聖杯は拝めなくなっちゃったのよ…。

折角、楽しみにしてたのに~!」

「怪盗…?」

「えぇ?もしかして知らないの?怪盗スパイダーよ。噂じゃ女性らしいわよ。

何でも宝を盗んでは金に換えてるとか。まぁ噂だから本当かどうか分からないけど

アタシはこういう話が大好きなの」


根も葉も無い噂が時に役に立つことがある。重要な手掛かりになることもあるのだ。


「何でも、この世の宝は全て私が頂くわ!とか言ってたんですって。最終的な

目的は例の魔導書ですって。それぐらいはアンタも聞いたことがあるんじゃない?」

「えぇ。少しだけですが…」


聞けたのはこれぐらいだった。怪盗は女性で最終的な目的は魔導書を

手にすること。騎士王の聖杯は願いを叶える宝であるともされている。

どんな奴でも欲しがるのは当然だろう。


「グリフィス?もしかして事件を担ってきたのかしら」

「エキドナか。お前はこの式典に招かれて来たのか」

「そうよ。運が良かったわ。聖杯を拝める席を入手できたの」


先の女性がいなくて良かったとグリフィスは心の中で安堵した。男よりも女のほうが

怒ったときに何をしでかすのか分からない。


「怪盗スパイダーって、ちょっと安直よね。名前。まぁ蜘蛛の糸を操っているのも

見えたからアラクネの一族じゃないかって噂されてるわ」

「アラクネ、か」


蜘蛛の下半身を持つ女性しか存在しないアラクネという種族だ。


「もっと深いところの噂話じゃ、堕天使なんじゃないかっていう話も出てるわよ」

「それは、聞き捨てならないな。やはりアイツはいつもそういう者を引き寄せる」

「アイツ?あぁ、アンジュちゃんの事ね。貴方にとって彼女は一体何なの?」


エキドナだけでなく他にもグリフィスと関わった者たちは僅かながら疑問に

思ったはずだ。グリフィスが妙にアンジュを大切に思い過ぎているのではないかと。

それは悪いことではない。


「あの家には恩がある。それをアイツで返すだけだ」


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