第10話「色欲の洗脳」

ザドキエルの胸は何度も脈打つ。

よく人間は恋心を抱くと胸が苦しくなる、キュンキュンするなどという

風に揶揄する。彼女の心ではそんな気持ちで溢れているのだ。


「あれ?どうしたのかな?僕の顔をジッと見て」

「穢れた悪魔の顔なんて…くぅ…!!」


アスモデウスは微笑を浮かべる。彼は男で、ザドキエルは女。

男と女、ザドキエルの心の奥底にある“色欲”が搔き立てられる。

それを彼女は認めたくないのだ。


「こんなものは、認めないわよ…!ッ!?」

「そんなこと言わなくてもいいのに。本当は、我慢できないんじゃない?」


それは異性に対する絶対的な魅了という名の洗脳だ。その術中にいる

ザドキエルはアスモデウスの言う事しか聞けなくなってしまう。


「じゃあ、僕の力は全部返してもらうね。後はさっさと帰りなよ」

「は、はい…」


ザドキエルが姿を消してしまった。

アスモデウスは女でもあり男でもある。つまり男女どちらにも洗脳を掛けることが

出来るのだ。


「見てる方が恥ずかしかったです…」

「こんなのまだまだ序の口だと思うんだけどなぁ。まぁ、僕の力は全部返して

貰ったし事件の引き金となっている術も解いたからね」

「あ、アスモデウス様~!!」


涙をポロポロと流すベリアルは素早くアスモデウスの前に来ると土下座する。


「申し訳ありません!アスモデウス様をあんな輩と勘違いするなんて…!」

「良いよ。でも、今度からは気を付けてね」

「何て慈悲深い…!ありがとうございます!!」


ベリアルはペコペコと頭を下げる。共にやってきたヴァイスは

グリフィスたちに声を掛けた。


「君たち、七柱の悪魔を探してるのかい?」

「あぁ。色々あってな」

「俺も手を貸すよ。助けてもらった借りがあるからね」

「良いのか?」

「構わないよ。烏たちに集めさせる」


マイナスイメージのあるカラスだが、カラスは頭が良いのだ。

昔は色が白く、何らかの理由で黒くなったなどの説話も存在する。


「この本について、やはり何かしら調べておいたほうが良いのかもな…」

「それなんだけど、ちょっと良いかな?ザドキエルが呟いていたことなんだけど」


アスモデウスの言葉でアンジュも思い出す。彼女が生きていて云々という話。


「アンジュちゃん。君の家について何か知っていることは無いかな?」

「知っていること…リリィ家の事で…あんまり、そう言う話に興味は

なかっ―あぁ!」


思い出したことが一つあった。


「お母さんが言ってたんですけど、昔は聖職者だったって」


修道女や神父のことを言っているのだろう。


「家族の誰かの前職がそれだったって事か…。それならば天使が色々

アンジュの事を言っていても不思議ではない、のか?」

「どうだろうな。アンジュ自身に何かがあって言ったことかもしれないぜ」


家柄についても探れば何か分かるかもしれない。

だが一先ず事件は一件落着だ。相も変わらずベルフェゴールは愛らしい

クマ姿で普段は行動している。そこに新たに加わったヤギ姿のアスモデウス。

彼らが移動するときと言えば大抵アンジュが何処かに出かける時だ。


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