第8話「誘惑を拒絶する」

虐められる理由は幾らでもあった。

容姿、性格、得手不得手について…。アンジュ・リリィは幼い頃に

虐められていた。


「はぁ、またあの子のせいでうちのクラスは最下位よ…」


体育祭なんかではクラスでやる種目でいつも自分のせいにされていた。

反論も出来なかった。周りからの圧力、アンジュは心を閉じた。

一人で進められる仕事を選んで彼女は作家になった。

何通か来た手紙は脅迫めいた言葉が書かれていた。全て捨てた。


「辛かったね、怖かったでしょう」


これは誰?分からないけど自分を慰めていた。


「そんな奴らしか、ここにはいないのよ?あの男もそう、結局貴女を

一人の人間として見てくれないの。だって吸血鬼の混血ですもの。人間の

貴方の心を理解してくれないわ」


レースの手袋に覆われた腕が伸びて来てアンジュの体を抱きしめる。


「さぁ、教えて?貴方に嫌がらせをしてきた人を…私が全部壊してあげる。

そうだ!あの混血をまずは見せしめに殺しましょう?」


もう一人の声はそれとは違う言葉を告げる。


『それで全部解決か?根本的な解決にはならないぞ』

「まぁ、可笑しなことを言うのね?」

『殺したら最後、お前はそんな最低な奴らと同じになる』


更にもう一人の声。否、これは記憶だった。


『大丈夫、ママが守ってあげますからね。何時も、どんなに離れていても

ママはずっとアンジュの隣にいるよ』

『ほんとに?』

『あー!ママを疑ってるの?ママは嘘は吐きません!それにこれから貴方は

自分の事を思ってくれる人に絶対出会うわ―』


「違う!私はそんな言葉を掛けて欲しかったんじゃない!」


姿も分からない相手をアンジュは突き飛ばした。


「虐めて来た子を殺してほしかったんじゃない。貴方は私の事を

何も分かってない!!―」


空間に亀裂が走り、破壊された。見えたのは動揺する女だった。

真っ赤な髪を無造作に掻きむしり叫ぶ。


「そ、そんな強がりはよしなさい!!苦しめられたんでしょ!?アイツらにも

苦しみを与えないと平等じゃないわ!!そうでしょ!?」

「やめとけ、底辺悪魔。お前が会ってきた人間とアンジュを同じにするなよ」


ベリアルは歯噛みする。対してアンジュは二人を交互に見ている、グリフィスは

ベリアルを嘲笑する。


「まさか、悪魔である私に勝てるつもりでいるの?混血さん。貴方じゃ

無理よ。絶対に」

「お、その言葉は三下だな。そんなんだから偽物に良いように利用

されたんじゃねえのか」


ベリアルの炎の細剣を弾き、グリフィスは鉤爪で彼女を切り裂いた。

痛みに悶絶しつつ彼女は問う。


「どういうこと…吸血鬼の混血の、くせに…なんで聖水なんて、

持ってるのよ!?持てるはずが無いわ、魔族だからね!!」

「人間と吸血鬼の混血だからな。悪魔の癖に頭の方はすっからかんみたいだ。

さてと、案外こっちは早く終わったな」


鎖で繋がれたヴァイスを解放しグリフィスは天井を見た。そのうえでは恐らく

戦いが起こっているだろう。


「本当に混血なのか」

「ん?」

「いや、数も少ないし分からないことは多いけど、珍しいと思ってな。

それだけの力があることが。君の親の吸血鬼がかなり高位な者でなければ

君のような混血は生まれない」

「君のような…やっぱりグリフィスさんは強い部類に入るんですね」


ヴァイスは頷いた。


「彼女を倒したことで道を邪魔する奴らはいないみたいだ。俺は少し

休ませてもらうよ。足手まといになってしまうからね」

「そうか。アンジュ、俺たちは上に行くぞ」

「分かりました。あ、ヴァイスさん、ゆっくり休んでくださいね」

「ありがとう。気を付けてね」


グリフィスとアンジュは階段を駆け上がり、アスモデウスたちの元へ

向かう。


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