第4話「恋人作戦、開始」

言い争っている声で街中は賑わっているようだ。

良い意味で賑わっているわけでは無い。


「あの、グリフィス様。この子は人間ですよね」

「そうだけど、どうした」


ネロは辺りを見回すアンジュを横目に彼に耳打ちをする。


「分かっているかもしれませんが、あまり彼女に単独行動を

取らせない方が良いかと」

「あぁ、分かっているさ。大丈夫。さて、手っ取り早く悪魔には

こっちに出てきて欲しいんだが…」


グリフィスも辺りに目を向ける。争い合う恋人同士の姿は見えるが

アスモデウスらしい人影はない。


「ベル、お前は何か分かんねえのか。アスモデウスの事」

「おう、もうあだ名か。まぁいいや。この状況も見て分かるだろうが奴は

深い恋仲の男女をターゲットに事件を起こしている。つまり、恋仲の奴らの

前にしか恐らく姿を現さない」


「よっと」と呟き、姿を変える。大きなリアルな熊というよりは

ぬいぐるみに近いクマちゃんと呼ぶに相応しい可愛らしい姿。


「俺がいたら寄り付かない場合もあるし、俺はこの姿で暫く

過ごすとするかね」

「おい、どういうつもりだよ」

「いや、えっと…まさか…?」

「そのまさかだよ。アンジュ。お前とグリフィスで恋人を演じるんだ」


カァッと二人の顔が赤くなる。


「むむ、無理ですよ!無理!不釣り合いです!」

「そこかよ!恥ずかしいとかじゃないのか!?」

「そっちもあるけども!」


恋人を演じる。少し難しい演技だ。


「手を繋いでるだけ、隣に並んで少し話しているだけ…それだけでも

充分お前らなら恋人に見えると思うぜ」

「何だ、その“お前らなら”っていうのは」

「言葉の綾さ。捕まえたいんなら、そんぐらい我慢しろ」


溜息を吐いてグリフィスが手を差し出してきた。その手を恐る恐るだが

アンジュは握った。彼女の鞄の中にぬいぐるみとしてベルフェゴールは

入っている。


「待ち案内も兼ねて少し歩くか」

「はい」


月の満ち欠けはあるようで今日は三日月だ。太陽が無いため吸血鬼という

種族も自由に外を出歩くことが出来る。


「何かしら力を持っている種族もある。意図せず人間に影響を与えるような

力の持ち主もいるんだ。あまり気を抜きすぎるな、それと離れるなよ」

「グリフィスさんみたいな人間のハーフは少ないの?」

「そうだな。人間がここに来ることも少ないから、混血児は珍しい。

混血になると純血に比べて力は弱るんだ。と言っても人間よりは力があることは

事実だけどな」


人外染みた容姿をしている者が多い。人間に近い容姿だとしても彼らは人間では

ない。


「これ、食べられるの…?」


売られている物を見てアンジュは目を細める。怪しい色をしている。

進んで食べようとは思えない。


「食べられるだろうが、オススメはしないな」

「意外と私が住んでいた場所と環境は近いんですね」

「裏と表の関係だからな。場所も似てくる。違うのは人間がほとんど

いないって事、それとずっと夜だって事」


未だに争い合う恋人たちの声が聞こえる。グリフィスは彼女の手を引き

歩みを進めた。後ろを歩いていたネロの耳にも烏の鳴き声が聞こえた。

バサバサと翼を動かし、伸ばしたネロの腕に止まる。


「…ッ!?」

「何か分かったのか」

「分かりました。でも…急がないと―!!」


話を聞き他も顔を強張らせた。

ある一室。鉄格子の窓からは光は全く入らない。乾いた音と共に呻き声が

聞こえた。


「全く、吸血鬼は頑丈で面倒くさいわぁ」


アスモデウスの配下ベリアル。彼女は鞭を握り目の前の男を睨む。

ヴァイス(白)の名前に相応しい白髪を持っている美青年。しかし彼の

額からは汗が滲んでいる。そして傷が刻まれていた。


「こんなのが趣味なのか?悪魔も変態しかいないんだな…!」

「吸血鬼風情が良いのかしら?そんな大口を叩いて」


残虐な笑みを浮かべてベリアルが鞭を振るった。



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