エピローグ

 翌朝、暖かな日差しが差し込み、空はどこまでも青かった。

 晴れて良かったな。光来は蒼穹を見上げ目を細めた。天候で左右されるような旅ではないが、出発の日は、やはり晴れてる方が良い。

 出発の準備が整った。と言っても、荷物が極端に少ないので普通に出掛けるのと大して変わらなかった。


「行くのか」


 ワイズの声には激励と心配、それに寂しさが混ざっていた。


「お世話になりました。あの、これ……」


 光来はルシフェルを差し出した。ダーダーとの一件で返しそびれていたのだ。しかし、ワイズは受け取らなかった。


「それはお前さんが持っていけ」

「えっ? でも」

「良い銃は使い手を選ぶ。そいつはもう、お前さんのもんじゃよ」

「こんな立派な銃……」

「お前さんを助けてくれるじゃろうよ」


 言いながら、ワイズは引き出しから違う銃を取り出し、リムに渡した。バレルの部分だけ真新しい。修理したばかりのリムの銃だ。

 光来は不思議に思った。修理は昨日終わっていた筈だが……?


「注文通りにしといたぞ」

「ありがとう。手間掛けたわね」

「お前さんも物好きじゃな。もっと可愛げのある名を冠すれば良かろうに」

「これで良いの。私にはこれが良いのよ」


 光来は気付かなかったが、グリップパネルに、今まではなかった文字が刻まれていた。気付いたとしても、光来には読めないこっちの世界の文字だ。

『デュシス』

 リムがこの銃に付けた名で、それは日没の女神の名でもあった。

 ホルスターにしまいながら、リムは視線を巡らせた。


「シオンはどうしたの?」

「ああ、あいつなら……」


 ワイズは二人の背後に視線を向けた。つられて振り返る。部屋の入口に、シオンが立っていた。リム同様、動きやすさを重視した服装で、手には荷物を抱えている。


「シオン、その格好……」


 光来は、シオンの出で立ちを見て一つの予感を抱いた。


「私も一緒に行くわ」

「え?」

「私も黄昏に沈んだ街の謎を解明したい。しなきゃいけないの」

「でも、ワイズさんが……」


 許す筈がないと思ったが、そのワイズが頭を下げた。


「シオンを、孫をよろしく頼む」

「でも、ワイズさん。独りじゃ……」

「まだ、くたばる程老いぼれちゃおらんよ。それに、その娘は言い出したらきかんわい。思い通りにさせてやってくれ」

「でも……」


 独りで異世界に放り込まれた光来には抵抗があった。家族が離れて暮らすのは寂しさを伴うものだし、この旅路には、不吉ななにかが付き纏っている気がするのだ。


「シオン、この一件は俺達に任せて、君は……」


 しかし、光来の言葉はシオンに遮られた。


「置いていったところで、勝手に付いていくわよ」

「リム」


 光来は情けないと自覚しつつも、リムに助けを求めた。リムは少しの間天井を見つめてから口を開いた。


「シオン、私達の旅はおそらく過酷なものになる。これまで通り、ワイズさんと二人でガンスミスを続けなさい」


 リムとシオン、二人の視線がぶつかる。リムが重ねて言う。


「決着がついたら、また戻ってくる。約束するわ」

「私は……」


 シオンは独白のように喋り始めた。


「私達は、ずっと霧の中を彷徨い歩くように生きてきた。とうとう霧から脱出できるかも知れない道を見つけたのに、その道から目を逸らすことはできない」


 逸らすことができないと言ったその目は、強い意志を感じさせる目だった。揺るぎない意志をぶつけられているようで、光来の主張は鳴りを潜めつつあった。


「いや、しかし……」


 光来は煮え切らない。もう一度ワイズを見た。


「頼む」


 ワイズがもう一度頭を下げた。光来は再びリムに助けを求めようとしたが、彼女は、これ以上何を言っても無駄だと悟ったかのように静観している。

 受け入れざるを得なかった。二人に押し切られてしまったが、またしばらくシオンと居られる嬉しさも確かにあり、光来の心境は斑模様のように複雑だった。


「仕方ないわね」


 唐突にリムが言った。


「そんなに長くは掛らない。すぐに帰って来られるわ」

「そんなの分からないじゃないか」

「私には分かるの。間違いなく風は吹いてる。決着に続く風よ」


 決着……。光来には、リムの言い方が気になった。彼女がイメージする決着とは、幸せな結末なのだろうか。それとも……。

 いや、危うくなったら俺が風向きを変えてやる。

 彼自身気付かなかったが、光来の中に、元の世界に帰る以外の目的が芽生えつつあった。




 夢の中で叫び、目を覚ました。空から真っ逆さまに落とされるような、恐怖を伴った目覚めだ。

 酸素を貪るように大きく息を吸い、そして吐いた。背中にべったりと張り付く汗が気持ち悪い。自分に落ち着けと言い聞かせても、なかなか動悸が治まらなかった。

 夢の内容はいつも同じだ。平凡な日常から始まり、突然の無で終わる。それは嘗て経験した、文字通りの『悪夢』だった。

 闇の中、手探りで照明を求めた。置き場所は決まっているので、探り当てるのに苦労はない。それなのに、一刻も早く光を求めて指先が空を乱す。照明が手に触れ、母に手を握られたように安心する。火を点けた。途端に優しい月明かりは掻き消され、揺らめく炎が室内を支配した。

 私はいつも暗闇の中にいるな

 自嘲気味な考えが過り、それがまた心を暗澹とさせる。

 のし掛かる後ろ向きな考えを強引に押しやり、今回の出来事について思った。

 新たに発掘した魔法、『ヘルシャフト』ではレンダー・ダートンを完全に支配することはできなかった。自体が不安定な魔法なのか、それとも、私の魔力が不足していたのか。


「…………」


 しかし、成果はあった。トートゥでこそなかったが、あの真っ白い魔法、私の『クランクハイト』さえ打ち消した強大な魔力。やはりキーラは桁外れな魔力の持ち主だった。なんとしても、あの魔力を手に入れなければならない。

 ダーダーが自我を取り戻してからも、僅かに意識の繋がりが残っていた。そのおかげで、奴の口からディビドの名が漏れたことも知っている。おそらく、キーラ達の耳にも入った筈だ。聞いた以上、彼らは必ず来る。

 ことを成すには、キーラの魔力が絶対に必要だ。実った果実をもぎ取るように、確実に手に入れるのだ。確実に。


「既に門は開かれた……」


 呟いてから、自分の口から出たその言い回しが妙に気に入り、低く笑う。


「くくっ……」


 その場に他人がいたなら、不安を与えるような笑い方だった。その笑いさえも、闇に溶けていく。波紋の生じた水面が徐々に穏やかになるように、闇は闇へ帰るのだった。




〈了〉

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銃と魔法と臆病な賞金首2 雪方麻耶 @yukikata

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