不条理な展開

 屋敷前に着いたが、勢いを保ったまま突入するには躊躇う程の静けさだった。見張りが居ないし、中で争っている様子もない。枝葉が風に撫でられ奏でるざわめきだけが耳に流れ込んだ。


「本当にここか?」


 光来が疑問に思うのも無理はなかった。廃れたとは言え、屋敷の大きさに圧倒される。あまりの静けさに疑問を抱き確認すると、リムは確固たる口調で断言した。


「間違いないわ」


 リムが目で指した先には、シオンが乗っていた馬が居た。突然、主が居なくなったせいか、所在なさげにあちこち彷徨い、草を食んでいた。


「シオンはもう中にいる。行くわよ」


 リムが玄関から入ろうとするので、光来は慌てた。


「正面からか? 裏口とかから入った方が良くないか?」

「こんな朽ち果てた屋敷で、裏も表もないわ。窓なんか枠しか残ってないじゃない」

「それは……そうだけど……」

「ここまで来て、怖気づいてんじゃないわよ。さっさと乗り込むわよ」

「お、おう」


 屋敷に入ると、外の雑音が潜まり、一層静寂さが増した。窓が破れ壁には穴が空いているものの、閉ざされた空間の中いつ敵と遭遇するか分からないまま前進するのは、相当のストレスが掛かる。

 光来が元居た世界で興じていた、ゾンビ系ホラーゲームのようなシチュエーションだ。夜中に一人でプレイしていた時など、いきなり襲い掛かってくるゾンビに心臓が飛び跳ね、「うおぅっ!」と声を上げてしまったのは一度や二度ではない。今、この状況では、散々ビビりながら進めたゲームすら生ぬるく感じる。


「やっぱり此処に間違いないわ。足跡が残っている」


 リムに言われ、光来は初めて気が付いた。足並み揃わぬ、バラバラの足跡が積もった埃の上にクッキリと残されていた。こんな明確な痕跡を見逃していたなんて、緊張のあまり視野が狭まっていた。さっき、草食動物の方が視野が広いと薀蓄を傾けたのが恥ずかしくなった。

 それにしても、この統制が取れていない足跡…………。

 集団の中の規律などお構いなしの輩の集まりだと象徴しているようで、見ていて気持ちの良いものではなかった。

 しばらく進むと、奥の方から幾つもの呻き声が聞こえてきた。

 おい……これじゃ、本当に……。

 精神が極度に張り詰めているせいで、とうとう現実とゲームがごちゃ混ぜになって、幻聴が聞こえ始めたかのかと疑った。


「聞いたか? リム」

「聞こえた。あっちよ」


 声を聞いたのは自分だけでないと分かったが、なんの慰めにもならなかった。それはつまり、実際に呻き声が上がるなにかが起こったということだからだ。

 二人同時に駆け出した。

 扉を一つ通り過ぎる度に、呻き声が鮮明になっていき、それに比例して緊張の度合いが膨らんでいった。張力に負けて千切れるワイヤーのように、身体がバチンと弾けそうになる。

 リムは平気なんだろうか?

 横目で伺うと、彼女は既に銃を抜いていた。光来も慌ててルシフェルを引き抜いた。

 間もなく、大きな広間に出た。


「うっ!?」


 二人の目に飛び込んできたのは、壮絶な光景だった。何十人もの男達が倒れて、もがき苦しんでいた。ある者は皮膚が焼けただれ、ある者は切り刻まれ血だらけになっている。いったい、何種類の魔法を駆使すれば、こんな状況を作り出せるのだ?


「これは……」


 光来は、思わず声を出してしまった。


「これって、シオンがやったのか? 一人で?」

「…………」


 リムはなにも答えない。これまで様々な経験をしてきたであろうリムにも、この事態は異様に映ったらしく、光来の呟きとも問いとも付かない言葉に、返すべき言葉が見つからないようだ。ただ、なにが起きたのか推察するように、広い室内を一歩前進した。


「んっ?」


 今度はリムの方が声を上げた。広間の奥に置かれた椅子に、屈強そうな男が座っていた。眼前の異様な光景に気を取られたせいもあるが、その男は完全に気配を消していた。いや、その表現は正しくないかも知れない。確かにそこに存在しているのに、生き物が発する生命力がまるで感じられない。質量のある幽霊のようだ。

 あれが、レンダー・ダートン?

 怖いというより気味が悪いと思わせる男の傍らに、シオンが倒れていた。


「ダーダーアァッ!」


 リムが咆哮と共に発砲した。青白い魔法陣が拡がり砕け散る。リムが最も得意とする電撃の魔法、ブリッツだ。

 弾倉から解き放たれた弾丸は、見事にダーダーの胸に命中した。着弾と同時に、銃口に発生したものと同じ魔法陣が拡がり、電流がダーダーの全身を駆け巡った。ダーダーが膝から崩れ落ちた。


「やった?」


 光来は、あまりの呆気なさに拍子抜けしたものの、事態が無事収拾したことに安堵を覚えた。


「シオンッ」


 シオンに駆け寄ろうとして一歩踏み出した時、信じられないことが起こった。崩れ落ちた筈のダーダーがむくりと起き上がったのだ。


「馬鹿な?」


 光来は前につんのめった。

 どんな大男だろうが、鍛え抜かれた肉体だろうが、あの電撃を受けて立ち上がれるわけがない。

 リムは光来以上に驚愕していた。しかし、なぜ? と疑問に思うより先に、ダーダーにもう一撃放っていた。戦い慣れている者だからこそ取れた、咄嗟の行動だった。

 再び、ダーダーの全身が、ポーズを押された映像のように止まった。しかし、それはほんのちょっとの間だけで、今度は倒れることもなく動き出した。


「こんなことって……」


 リムはガンベルトから新たな弾丸を取り出し、弾倉に装填した。

 ダーダーがゆっくりとした動作で銃を構える。その苦痛や焦りを微塵も感じさせない動作は恐怖心を煽った。


「しっ!」


 ダーダーが照準を合わせる前に、リムがもう一撃放った。今度は青白い魔法陣ではない。ルビーのような鮮やかな深紅だ。

 光来には見覚えがあった。脳裏に苦い記憶が過ぎる。ホダカーズから脱出する際、ケビン・シュナイダーが用いた炎の魔法、ブレンネンだ。


「リムッ、まさか!?」


 リムが放った弾丸は、ダーダーではなく、その足下の床を撃ち抜いた。ブレンネンをまともに喰らえば、火傷どころでは済まない。魔法による殺人は決して犯してはならない。その絶対的な規則に従い、敢えて直撃させなかったのだ。リムが冷静な判断力を失っていないことに、光来はため息を漏らした。

 光来は、今度こそ仕留めたという感触を得たが、リムの表情は厳しいままだった。


「…………」


 紅蓮の炎に遮られ、ダーダーの状態が確認できない。光来は様子を伺うため、近づこうとした。


「動かないでっ!」


 リムに一喝され光来が固まったのと、揺らめく炎の中から銃声が響いたのは、ほぼ同時だった。

 炎のカーテンから飛び出した弾丸は三発。そのうちの一発がリムの太ももに命中した。


「うあっ!」


 リムが崩れ落ち、同時に弾丸から涅色の魔法陣が発生した。ワイズを重病人のようにした、あの得体の知れない魔法だ。


「リムゥッ!」


 光来は走った。今度は弾丸が自分に向けられる可能性など、まるで頭に浮かばなかった。目の前でリムが撃たれてしまった衝撃が、光来から思考能力を奪ってしまった。

 俺のせいだ。俺が迂闊に近づこうとしたから、リムは気を取られて避けるのが遅れたんだ。ああ、ちくしょうっ!


「リムッ」


 リムを抱き起こすが、その顔は既に土気色に変化しており、呼吸が乱れていた。それだけではない。大量の汗が噴き出し、全身が小刻みに震えていた。小屋に残してきたワイズと同じ症状だ。

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