天つ風

 デクトは再び驚愕した。


「またトートゥだとうっ!? あいつ、いったい何発トートゥを持ってやがんだ?」


 デクトは知らなかった。光来はトートゥを所持しているのではない。その場で精製しているのだ。しかし、勘違いするのは無理なかった。『アリア』を唱えず、しかも一度固定した魔法を書き換えるなど、想像すらできない奇跡的な技術なのだ。



「うおおっ!?」

 デクトは矢の残弾数などお構いなしに乱射した。その何れもがまるで見当違いの方向に射られたが、やはり途中で軌道を変えて光来達に向かってきた。


「きゃあっ!?」


 リムは避けることに精一杯で、射撃体勢に入れなかった。光来も同様で、激しく揺れる馬上では狙いが定められず、必死にリムにしがみついた。


「ちょっ!? どこ触ってんのよっ」

「落ちるっ。落ちるぅっ」


 所々で爆発が起こり、その爆音と爆風で完全にペースが乱されてしまった。


「リムッ、一旦退けっ。これじゃ隙だらけだっ」

「いいえっ、このまま突っ込むわよっ」

「バッ!? 無茶するなっ」

「攻撃は最大の防御よっ」


 自身が弾丸のように突進するリムの後ろで、光来は慌ててルシフェルを構えた。


「調子乗りやがってっ。こいつは避けられるかっ!?」


 デクトは狂ったようにクロスボウを連射したが、飛んでくる矢とデクトの馬が一直線上に重なった。


「これならっ」


 光来は矢の防壁を貫く勢いで、引鉄を引いた。狙いはデクトが乗っている馬だ。仕留めたと手応えを感じたのは刹那の間で、デクトは構わず連射を続けている。しかも矢が目前に迫ってきていた。


「外したっ!?」


 光来は我が目を疑った。いくら慌てたとは言え、この距離で、しかも正面の目標を外すなんて?


「伏せてぇっ!」


 リムの叫び声で疑問は吹っ飛び、反射的に身を低くした。しかし、矢の一本が光来の肩に掠り、エクスプロジィオーンが発動してしまった。


「わああぁっ!」


 耳元で爆ぜる凄まじい音と熱風。光来は肩の肉がごっそり持っていかれた感覚を味わった。


「リムッ、肩がっ、俺の肩がっ」

「慌てないでっ。傷をよく見なさいっ。皮膚を舐めただけよっ」


 光来は恐る恐る傷を確認した。軽傷とは言えないが、肉が弾け飛んだ程でもなく、動かす分には問題なさそうだ。痛みは感じるが、先日ブレンネンの魔法で負った火傷よりはマシだった。爆発という非日常的な現象を初めて体験し、実際より大きなダメージを負ったように感じたのだ。


「大丈夫?」

「あっ、ああ。思ったよりひどくない。それより、リム。あいつと同じ、爆発の魔法は持ってるか?」

「エクスプロジィオーン? ええ。持ってるけど……」

「今度奴が撃ってきたら、一本でもいい。そいつで矢を爆破してほしいんだ」

「爆破? 落とすだけならわざわざ爆破させなくても……」

「いいや、爆破が良いんだ。俺の肩を怪我させたくらい、派手で大きな爆発が」

「できるかしら。なにせ、あいつの放つ矢は弾丸を避けるから……」

「大丈夫。あいつ、俺のトートゥの魔法陣を見ただけで、焦って連射してきた。あれだけたくさんの矢が固まって向かってきたら一本位は当たるさ」

「なにか考えがあるのね?」

「ああいった、如何にも力で抑えつけようという奴ほど肝は臆病だ。さっきの取り乱した連射が証明している。そこに付け入る隙きがある。俺にはツェアシュテールングをくれ」

「分かった」


 リムは光来の注文通り、ツェアシュテールングの弾丸を渡し、自分の銃にはエクスプロジィオーンを装填した。

 リムの印象だが、このキーラという少年は、波風を立てない性格のくせに、戦闘においてはセンスというか才能がある。慌てふためいても追い詰められるほどに冷静でいられる精神力がある。彼の言うことは信じるに足りる。


「いくわよっ」


 今度は岩を利用してデクトから死角になるよう、蛇行して近づいた。光来の銃口からは、既に魔法陣が生じている。


「隠れたって無駄だっ」


 デクトは叫びながらクロスボウを連射した。弧を描くように光来達に接近してくる。


「リムッ」

「任せてっ」


 リムは矢の大群に向けて銃を撃った。発射と同時に銃口にオレンジレッドの魔法陣が拡がり、砕け散る。

 放たれた弾丸は、獲物を狩る鷹のような鋭さで矢を目指した。矢の群れは弾丸を回避するように方向を変えた。しかし、光来が言った通り、全ての矢が弾丸を躱せたわけではなく、空に魔法陣が拡がったかと思うと、凄まじい爆発が起きた。


「やった!」


 その時、不思議な現象が起こった。爆心地から拡がる炎と煙が四方にではなく、一定の方向に流れて横に拡がったのだ。

 その光景を見たリムは、即座にその意味を理解した。


「そういうことっ!?」


 リムが叫んだ時には、既に光来が銃を構えていた。



「あの方向なら……」

 デクトがいる方向とはまるで違う所に照準を定め、引鉄を引いた。


「そこだっ!」


 光来は乱立する岩の一つに弾丸を叩き込んだ。対象が生物ではないので、ツェアシュテールングの弾丸は、魔法陣を拡散させ、本来の効果を発揮した。

 岩に亀裂が入り、液体窒素の中に突っ込んだ薔薇を握り潰すように、バラバラに砕けた。砕けた岩の後ろには、一人の男が隠れていた。大型のトカゲを人型にしたような不気味な体。爬虫類の獣人は、完全にその姿を露わにした。


「なっ!?」


 獣人が驚きの声を発した。かくれんぼに興じていた子供が、背後からいきなり「見~つけた」と鬼から声を掛けられたような、信じられない状況に立たされた時に出す声だった。

 現れた男の手には、デクトと同じようなクロスボウが握られていた。


「敵は二人いたっ!」


 リムは叫ぶと同時に銃を撃っていた。銃声と青白い魔法陣が同時に発生し、ブリッツの弾丸は見事に獣人の胸に命中した。


「ああがぁっ!」

「ファブルゥッ」


 デクトが叫んだ。ファブルと呼ばれた獣人は全身を電撃で貫かれ、膝から崩れ落ちた。

 相変わらずの凄まじい威力に、光来は鳥肌が立つ思いだった。リムはそんな光来の胸中などお構いなしに、馬を疾駆させた。


「あのファブルとかいう獣人が、矢を操作していたのね」

「ああ。デクトが撃つとほぼ同時にあいつも撃っていたから、違う魔法が仕掛けられた矢が混ざっていたと分からなかったんだ。あいつが使っていた魔法は『風』だろ?」

「ええ。あのスカイブルーの鏃。間違いない。ヴィントの魔法よ。キーラ、よく気付いたわね」

「さっき、俺が撃った弾丸が外れた時にね。見えない何かしらの力が加えられたんだと思ったんだ。これで、デクトが銃じゃなくてクロスボウを使っている理由も説明が付く」


 光来は、一通り説明をした後、「草食動物の方が視野が広いのと一緒で、弱者ほど危険には敏感なんだよ」と付け加えた。

 デクトが雄叫びを上げながら、正面衝突も辞さない勢いで突っ込んできた。


「くそっ! くそっ! くそぉっ!」


 子供じみた悪態を連呼しながらメチャクチャに矢を撃ちまくってきた。しかし、リムは器用に岩を盾にしながらどんどん距離を詰めていった。もう矢の軌道を変えることができない。デクトのクロスボウはもはや脅威ではなくなっていた。


「悪あがきねっ。いくわよ、キーラ」

「うおおっ」


 二人同時に銃を構えた。リムの銃口からは青白い魔法陣が、光来の銃口からは漆黒の魔法陣が拡がっている。光来は撃つつもりはない。ただの威嚇だ。しかし、トートゥの魔法陣は、見る者の闘志を萎えさせる程の威力がある。

 デクトは、それでも馬を直進させて突っ込んできた。怒りのためか、恐怖のためか、完全に我を失っている。


「しゅあっ!」


 リムは気合いと共に引鉄を引いた。放たれた弾丸はデクトの眉間に命中した。青白い弾頭の形に固められたブリッツが、魔法陣を拡げながら電撃の効果を発揮した。


「あああああっ!」


 デクトは耳を覆いたくなるような絶叫を上げた。電流は馬にまで駆け巡った。突っ込んできた勢いのまま倒れ込み、デクトはそのまま放り出された。砂煙を上げながら数メートルも地面を転がり、やっと止まった時には、もうぴくりとも動かなかった。

 今までの激しい戦闘が嘘のように、辺りは静けさを取り戻した。


「……死んでないよな?」


 光来は馬を降り、恐る恐るデクトに近づいた。


「わっ?」


 覗き込むと、顔面が火傷で悲惨なことになっていた。


「手配書の似顔絵を描き変えなきゃならないわね」


 リムは辛辣な一言を放つと、光来に手を伸ばした。


「キーラ、乗って。シオンはもう屋敷に着いてるわ。無事ならだけど……」

「ああ、そうだな。急ごう」


 光来は差し出されたリムの手を握り、馬に飛び乗った。光来が乗ったことを確認すると、リムは手綱を操り、馬を走らせた。

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