新たな力

 銃声の余韻が届く間もなく、シオンを囲んでいた男達のうち、二人が苦しげな悲鳴を上げて馬から落ちた。


「なんだぁっ?」


 デクトがクロスボウを引っ込めた。シオンが隙きを付いて、地面を蹴って銃に飛びついた。


「くそっ! 散れっ、散れぇっ」


 シオンが狙いを定める間もなく、デクト達は四方に散らばった。


「シオンーッ」


 銃声がした方に目を向けると、手綱を片手で操り、もう片方の手には煙を燻らせた銃を構えたリムと、その後ろにキーラを乗せた馬が迫っていた。


「クソがっ。このガキの仲間かっ」

「デクトさん、あのガキがキーラですっ」

「なにぃ?」


 デクトは馬を走らせながら、少女にしがみついている少年を見た。正体不明の男に誑かせたとは言え、ダーダーが動くくらいなら、もっと特別な何かを身に纏っていると思っていた。しかし、近づいてくる少年からは何も感じない。

 くそっ、オヤジは何を考えているんだ。

 奇襲から逃れられたのは運が良かったからだ。もし、立ち位置が少しずれ、倒れた奴らが壁になってくれてなかったら、撃たれていたのは自分だ。注意すべきは、キーラとかいうガキより、馬を駆っているあの少女の方か。

 シオンの目の前まで近づくと、光来は馬から飛び降りた。


「シオンッ。大丈夫か?」

「あなた達、お祖父ちゃんを置いてきたの?」


 シオンは表情こそ変らないが、青ざめていた。それに、頬が腫れ、口の中を切ったのか唇の端から血が滲み出ている。光来は少なからずショックを受けた。


「あいつらにやられたのか?」

「お祖父ちゃんはどうなったの?」


 自分の怪我など意に介さず、ひたすらワイズの様子を訊いてきた。光来は咄嗟の判断で内容を濁して伝えた。


「大丈夫。苦しそうだったけど眠ったよ」

「……そう」


 シオンはそれだけを確認すると、傍らで怯えていた馬を落ち着かせ、飛び乗った。


「シオンッ。一人じゃ無理だ。俺達も一緒に……」


 光来の言葉を途中で遮り、シオンはデクトを指差した。


「あの男、妙な技を使う。気をつけて」


 そのデクトは今、リムと激しい銃撃戦を繰り広げていた。リムが走り抜けた跡が爆発し砂塵を舞い散らす。あれは、ひょっとして、爆発の魔法なのか?

 光来の視線が逸れた一瞬の隙きに、シオンは馬を疾駆させた。


「あっ、シオンッ」


 デクトは、リムとの攻防の最中でも、シオンの動きを見逃さなかった。後から駆けつけた少女はかなり腕で、四対一での戦いなのに、一歩も退かなかった。恐るべき相手だが、シオンと呼ばれた少女をみすみす行かせてしまってはダーダー一家の沽券に関わる。


「行かせるかよっ。おめーら、ここは俺が抑えるから、あのガキを追えっ」


 デクトに命令され、二人の男がリムに背を向け駆け出した。


「行かせないっ」


 リムはすかさず追手の二人に狙いを定めたが、デクトの放つ矢に阻まれて射撃ができなかった。


「あいつの矢、なんなの? 軌道が読めないっ」 

 

 シオンを助けに行けない。焦りに心が乱されそうになるが、視野の端にキーラを捉えて目を見張った。

 光来はホルスターから銃を引き抜き、シオンを追っている男達に狙いを定めた。新たに手にした銃。ワイズがルシフェルと呼んでいた銃は、光来の魔力に耐えられるのか?

 ごめん。ごめん。ごめん。

 心の中で何度も呟き、光来は引鉄を引いた。

 光までも吸い込むというブラックホールのような漆黒の魔法陣が銃口から広がり、発射と同時に拡散して宙に消えた。


「キーラ、まさか?」


 リムの叫びは、銃声に掻き消された。

 圧倒的な魔力を帯びて、ルシフェルの口から吐き出された弾丸は、空も裂けよと追手の男達を目指した。まるで空中に一直線の色を付けたような濃厚な軌跡を描いた弾丸は、明らかに他の者が放つそれとは一線を画していた。

 まず、手前の馬の首筋に命中し、不気味な魔法陣が生じた。しかし、それで留まらず、弾丸は勢いを保ったまま、奥にいた馬をも貫いた。 

 撃たれた二頭の馬は、断末魔を上げることすらできず、倒れ込んだ。走っていた勢いを保ったまま倒れたものだから、乗っていた男達は数メートルも先に放り出された。凄まじい衝撃で落下し頭を打ったのか、二人ともピクリとも動かない。

 撃った本人である光来の眼には、一連のでき事がスローモーションのようにゆっくりと映った。


「トートゥだっ! あのガキ、トートゥを使いやがったっ!?」


 デクトは我知らず叫んでいた。

 受けた者は必ず死に至る禁忌の魔法。

 なんであんなガキが持っているんだ? しかもっ! 一撃で二発分の効果を発揮した? 桁外れの威力だ。魔力の次元が違う。オヤジがあいつの話に乗った理由はこれか?


「キーラッ、乗って!」


 リムは青ざめている光来を強引に馬に乗せた。


「その銃……」


 リムはルシフェルを凝視し呟いた。


「ああ、なんか、リムの銃より魔力が収束されて発射されたって感じだ」

「そう……」


 リムは光来がトートゥを放ったことには触れなかった。

 シオンは既に豆粒のように小さくなっている。すぐにでも追い掛けたいが、このデクトとかいう男はここで仕留めた方がいい。


「キーラ、あの大男を狙って」

「えっ? 撃てって言うのか?」

「構えるだけでいい。威嚇になる。あの男、デクト・グリプスといって、ダーダーの右腕と称されている奴よ。手強いわよ」

「わ、わかった」


 リムの言う通り、光来はデクトに銃口を向けた。


「げっ?」


 さっきまではシオンに気を取られて、デクトの方はまともに見なかったが、こうして改めて見ると、人間の持つ凶悪さを煮詰めて抽出したような面構えだ。光来の脳裏には「ヒャッハー!」とか叫びながら村人を襲っている悪党が過ぎった。

 うおお……怖ええ。近づきたくねええぇ。

 思わず構えを解いてしまった。


「キーラッ! なにやってるの!?」

「ごめん。でもあれ、怖すぎだろ」


 リムに叱責されて、光来は再び銃を構えた。漆黒の魔法陣が発生する。

 光来に銃口を向けられ、デクトは身震いした。しかし、闘志は衰えはしなかった。口元から残忍な笑みが消えることもなく、獲物に食らいつく肉食獣の牙のように、歯を剥き出しにして涎まで垂らしていた。

 死を司る禁忌の魔法。その存在はもはや伝説に近い。あのキーラとかいうガキは、たかが馬を止めるためだけにそれを使いやがった。俺だってそこまではしねえ。気弱そうな顔に似合わず、とんでもなく凶悪な奴だ。


「トートゥだと? 死の魔法だと? 一撃で二頭同時にだとぉっ!?」


 恐怖と怒りと興奮が綯交ぜになった絶叫を上げ、デクトはクロスボウを立て続けに発射した。


「気をつけてっ。シオンが言ってた。あいつ、変な技を使うらしい」

「さっきから経験済みよっ」


 リムは手綱を操り、方向を変えた。自ら矢に突っ込む。


「何してんだっ」


 光来は飛んでくる矢を撃ち落とそうと二発続けて撃った。

 しかし、当たる直前に矢の軌道が変わり、意思を持っているかのように弾丸をかわした。


「矢が避けた?」

「キーラ、伏せてっ」


 矢は再び曲がり、二人の頭上を掠めて地面に突き刺さった。地面に魔法陣が拡がり、爆発する。


「うわぁっ!」


 馬の後ろ脚が高く上がり、光来は下腹部に不快感な浮遊感を味わった。


「リムッ、矢が弾丸をかわしたぞ?」

「だから、分かってるってっ」

「あれも魔法なのか?」

「それはないわ。あの矢に仕掛けられているのはエクスプロジィオーンの魔法のはず」

「じゃあ、なんなんだよ? どんな射撃の達人だって、あんな風に矢を飛ばすなんて不可能だ」

「知らないわよっ。少しは自分で考えなさい」


 リムは馬を操るのに神経を集中させているせいか、言葉遣いが荒くなっていた。しかし、言っている内容は正論だ。頼ってばかりでは只の錘だ。冷静になって、敵をよく観察するんだ。


「よし、もっと近づいてくれ。いや、できるだけ遠い方がいいけど……」

「なに? どっちよ?」

「近づいてくれ!」

「オーケー。タネがなんであれ、私がブリッツを撃ち込んでやれば関係ないわ。援護よろしくっ」


 リムは掛け声と共にデクトに向かっていった。


「真っ直ぐかよっ?」


 光来は慌てて銃を構えた。周囲には所々に人の背程の岩が乱立しており、ギリギリを通過する度にヒヤリとした。リムの馬の操縦を信じてはいるが、岩に激突して自滅してしまったら、あまりに間抜けだ。

 デクトに照準を合わせた。トートゥの魔法陣が銃口に広がる。

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