落ち葉
ジョルトを保安官に引き渡し換金を済ませたことで、少しだけ気分が晴れた。
「なにもこんな日に稼がなくてもいいだろうに」
担当した保安官は、やや小太りで平和が何よりと考えていそうなタイプだった。きっと出世よりも平穏な毎日を大事にし、大きな手柄を立てることもなく歳を取っていくのだろう。そんな温厚そうな保安官の一言に、リムはすかさず反論した。
「こんな日だからだよ。悪党がうろついてたんじゃ、みんな祭りを楽しめないだろ?」
「まあ、そうなんだが……あなた、何処かで見た気がするな」
「この街は初めてだけど?」
「そうか。なんかつい最近見掛けた気がしたんだが」
保安官の曖昧な発言が気になったが、さっさと退散することにした。金さえ受け取れば、こんな所に用はない。
外に出ると、そこに光来が居たので、不意打ちを食らったみたいに立ち止まってしまった。
「リム」
何故だが分からないが、少しだけ構えるような態度を取ってしまった。
「なんだ、こんな所で。シオンと踊っていたんじゃないのか?」
嫌味になったかなと思いながらも、ついそんなことを言ってしまった。
「リム、きみ、バウンティハンターなんかしてたのか」
「ギムだよ。僕の名前はギム・フォルクだ」
「ああ、そうだな。そうだった」
「それで、なんだっけ? バウンティハンターしてるのかって訊いたのか。そうだよ。それがどうかしたかい?」
「なんで、そんな危ないことを」
「旅を続けるには金がいるんだ」
「だからって……」
「じゃあ、どうすればいいんだ? 行く先々でバイトでもすればいいのか? それじゃいつになったらグニーエに近づけるか分かったもんじゃない」
リムは適当に誤魔化そうと思うが、考えに反して態度が硬化していってしまうのを自覚していた。何に意地になっているんだ? 私は……。
轟音と共に花火が上がった。リムは背を向けていたので見ることはできなかったが、白く照らされた光来はよく見えた。光来は実に悲しそうな顔をしていた。きっと、幼子が拾うことができないのに捨て猫を見つけてしまった時なんか、こんな表情をするだろう。
ちくりと胸が痛む。
「やめるつもりはないんだな」
「仕方ないさ。ここでだって、貼り紙をチェックしていくよ」
リムは賞金首の貼り紙が並んでいる掲示板を親指で指差した。
光来は汚らわしい物を見る目付きで貼り紙に視線を移した。が、その目にみるみる険しさ増していった。
「なに? どうしたのさ?」
光来はリムが指差した掲示板をのろのろと指差した。親指ではなく、人差し指でだ。
「それ……」
「ん?」
リムは振り返り、貼り紙を凝視した。
「なっ?」
視線の先には、幾枚もの賞金首が並んでいた。いずれも一癖ありそうな連中ばかりだ。その中で、まだ真新しい雨風や陽光で傷んでいない貼り紙が二枚掲示されていた。
一枚にはお馴染みのWANTEDと極太のフォントで記された下に、光来の似顔絵が描かれており、その下にはキーラ・キッドと大きく書かれていた。
「これは……」
まだ光来にはこちらの世界の文字は読めなかったが、西部開拓時代のお尋ね者の貼り紙にそっくりだったため、見る者になにを伝えたいものなのかはすぐに分かった。
そして、もう一枚には名前は不詳となっていたが、リムの似顔絵が実に男前に描かれていた。整った顔立ちが凶悪な男として描かれており、見る者には非常に残忍な人物と印象付けられるだろう。
先程の保安官の不可解な発言の意味を理解した。まさか賞金首が賞金稼ぎとなって訪れるなど思いも寄らないから見逃したのだろう。それとも、リムが見立てた通り出世には興味などなくて、お尋ね者の貼り紙なんて碌に注意も払っていないのか。いずれにしても、知らぬ間に薄氷を履むような状況に陥っていたのだ。捕まるようなへまはしない自信はあるが、一歩間違えれば祭りを台無しにするくらいの騒動に発展していた可能性は否めなかった。
二人の頭には、瞬時に一人の男の顔が浮かんだ。ケビン・シュナイダー。ホダカーズを脱出する際、最後まで行く手を阻んだ男だ。ラルゴに向かう列車上でなんとか凌いだ。その後の彼の行動を知る術などなかったが、このラルゴの保安局に情報を提供し、二人をお尋ね者にしたのだ。
「あのクソオヤジィ……」
リムは傷口から膿を出す様に悪態をついた。そして足速に歩き始め、保安官事務所から遠ざかろうとした。
光来は慌ててリムの後を追った。状況が今一つ飲み込めないでいる。いや、理解はしているのだが、脳が情報を吸収するのを拒んでいると言う方が正しい。
「あれってどういうことだよ。なんで俺達が張り出されてるんだ?」
「どうもこうも、そのまんまさ。ボクたちはお尋ね者になっちまったんだ」
「俺達に賞金が掛けられたってことか?」
「だからそう言ってるだろ。シャレにもならない。賞金稼ぎが賞金首になるなんて」
リムの喋り方で、相当苛ついているのが分かる。今の状況は光来のせいではないが、その勢いに気後れしてしまう。
「早いとこ、この街を出よう。ボクはともかく、君の黒い髪と瞳は一目瞭然だ」
「それがいいかも。今夜はワイズさんちの世話になって、明日の朝早くに出よう」
「いや、このまま行こう。あの二人だって、ボク達に賞金が掛けられてると知ったら、通報するかも知れない」
「あの人達は、そんなことしないよ」
「どうしてそう言える? キーラは考え方が甘すぎる。もっと危機感を持てよ」
光来は、リムの前に立ち塞がった。
「なんだよ?」
「リム。君はこれまで一人でやってきたんだろうが、そんなんじゃ、いつか動けなくなってしまう。もっと周りの人達に寄り掛かっていいんだよ」
「何を言ってるんだ?」
「黄昏に沈んだ街に巻き込まれて人生を変えられたのは、君やワイズさん達だけじゃない。もっとたくさんいるはずだ。その人達と協力すれば、君の負担だって減るだろ」
「いいや、これはボクがケジメを付けなくちゃいけないことなんだ。他人の手は借りない」
「俺も他人か?」
リムは言葉に詰まった。矛盾を突かれたからではなく、光来の剣幕に気圧されたからだ。
「俺たちは相棒だろ?」
重ねて迫る光来の必死さに対応できない。ずっと流浪の生活を続けてきた彼女は、これほどまで真摯に訴えてくる者の存在などなかった。だから、どう切り返せばいいのか分からなかった。上手く反論できない者の常套手段で、話題を逸らすしかなかった。
「とにかく、行こう」
「俺は行かないよ。まだワイズさんとシオンにちゃんと礼を言ってないから」
リムは光来を睨んだ。光来は目を逸らさず睨み返してきた。
ふっと息を漏らす。この少年の厄介なところだ。普段は気弱な態度に終始しているくせに、鋼の様に硬い決意を見せる時がある。そして、そんな時の彼の選択は正しかった。
「……分かったよ。今晩だけだ。明日には此処を発つぞ」
リムが冷静さを取り戻してくれたので、光来は内心ほっとした。気の張りを緩め、周囲に気を配る余裕ができたら、妙に静かなことに気付いた。
ああ、花火が終わったのか。
つまり、今夜の祭りはこれで終わりなのだろうか。光来はダンスの途中で別れたシオンを思った。リムを追うと告げた時、彼女は静かに「いいよ」と言った。感情が表に出ない娘だが、踊っている最中に放り出されて不愉快に思わないはずがない。結構ひどいことしちゃったかなと、急に不安になった。帰ったら謝ろう。
花火が終わったせいで、急に街角が暗くなった。東京は深夜でも真の闇に飲まれる場所などそうそうない。頼りない僅かな街灯だけで進む道は、光来を落ち着かなくさせた。
名も知らぬ木々が並んでいる通りに出た。まるで二人が通るのを待ち構えていたように一陣の風が吹き抜け、辛うじて枝にしがみついていた葉が次々と舞い落ちる。
「おお……」
光来は、幻想的な風景に思わず感嘆の声を上げた。花火のような人工的な美しさは目で楽しむものだが、こうした自然からの贈り物は、心に染みる美しさがある。
「ワタシはさ……」
前触れもなく、リムが呟いた。男装を解いていないのに、ボクではなくワタシと称した。
「ワタシは、落ち葉を見るのが好きだ。落ち葉だけじゃない。花びらでも、紙吹雪でも、真っ直ぐに落ちるのではなく、ひらひらと予測できない動きで、なかなか落ちないところが良いんだ」
光来は、リムの言葉を自分に言い聞かせるように喋っていると感じた。最後は地面に落ちるとしても最後まで抵抗を続ける落ち葉に、自分の運命を重ねているのだろうか。リムは慰めを求める性格ではないと思うが、どんな人間でも落ち込むことはある。
そう思ったから、言ってみた。
「落ちるだけじゃないしな」
「ん?」
「風が吹けば舞い上がる」
光来が遠回しに元気付けようとしているのが伝わったのか、リムは口元に微笑みを浮かべた。肩に入った力が抜けたような、ごく自然な笑顔で、こちらの方がリム本来の表情なんじゃないかと思わせた。
リムの微笑みを見ていたら、急に心が浮き立った。目の前を舞い落ちる数え切れない落ち葉に手を伸ばしたら、一葉が掌に収まった。握れば砕けるほど脆く、切ないまでに軽い存在だが、それは確かに光来の掌にあった。
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