バウンティハンター
鬱陶しい程の人の波を掻き分け、一度視野から外れてしまった人物を再び捉えた。あの男は確かにジョルト・ガープだ。
保安官事務所で貼り出されているのを見掛けたことがある。強盗、誘拐、暴行。やりたい放題の悪党で、賞金額もかなりのものだ。
こんなところに飄々と現れるなんていい度胸ね。あいつを仕留めれば、当分の旅費が工面できる。キーラという連れができたことだし、これまで以上に余裕は持っておいた方がいい。
キーラのことが頭に浮かんだら、さっき見た光景まで脳裏に蘇った。
シオンと踊っていた……。
頭をぶんっと勢い良く振った。
だからなに? 私には関係のないことだ。今は狩りの最中なんだから、集中しなさい。
何処かで花火が上がり、爆音と共に地面に影を落ちた。ジョルトが振り返り夜空を見上げる。リムはさっと店先の商品を選別しているフリをしてやり過ごした。二発、三発と立て続けに花火が打ち上げられ、夜空を彩る。ジョルトは目を細めて、色彩の瞬きが消え入るまで見上げていた。色とりどりの光がなくなり、空が落ち着きを取り戻した。ジョルトはくるりと背を向け、再び歩き出した。うまい具合に、次第に人の少ない方へと進んでくれている。
ふん。あんな悪党でも少しは祭を楽しみたいのかしら。
リムは頭の中で悪態をついた。尾行を再開し、ふと自問した。なんでこんなに苛ついているの? キーラのことがチラつき、即否定した。違う。この街の雰囲気だ。今まで他人とは一定の距離を保って生きてきた私には、今夜の宴は濃密過ぎる。まるでケーキの上にハチミツを垂らしたようなクドさだ。あの悪党を仕留め換金したら、さっさとワイズの小屋に帰ろう。
祭のメイン会場から離れ、段々と落ち着いた環境に戻ってきた。おそらく、宿泊している宿に戻るのか、それとも女でも買いに行くのか。何れにしても、あと数十メートルも進んだら、そこで仕留める。リムは歩調を速めて距離を縮めていった。一つ道を逸れ、音も立てずに小走りでジョルトを追い抜いた。彼の歩調を計算し、再び元の道を目指した。頭で描いた通りのタイミングだ。油断しているところをいきなり目の前に飛び出してやった。
ジョルトは虚を突かれたはビクッと跳ねたが、リムから目を話すことは無かった。流石に肝は座っている。その点は褒めてやろう。
「なんだ、お前は?」
チンピラが勢いに乗って大声で煽るのとは違い、腹の底から絞り出すような迫力のある声だった。こいつは本物の悪党だ。ジョルトの一声だけでそう判断した。こいつには遠慮する必要はない。
「なに黙ってんだ。俺になんか用か?」
喋り方は静かだが、重力を帯びた威嚇だった。か細い神経の持ち主だったら、これだけで萎縮してしまうだろう。
「あんたになんか用はないよ。用があるのは、あんたに掛けられた賞金の方でさ」
「てめえっ!」
ジョルトは咄嗟に銃を引き抜いたが、リムの動作の方が上回っていた。ジョルトが銃口をリムに向けた時には、既に引鉄を引いていた。銃口に青白い魔法陣を発生させ撃ち出された弾丸は、ジョルトの鎖骨の下に命中しブリッツの魔法を炸裂させた。
「うがぁぁっ!」
ジョルトに撃たせる暇も与えず、一撃で仕留めた。
「………」
私だって早いよね。
先日キーラが見せた、信じ難い電光石火の早業を思い比較した。そして、彼の顔が頭にちらついて、イラッとした。
普段、賞金首を捉える時はシュラーフを使うのだが、今日はブリッツを使ってしまった。胸の中を覆う靄を散らしたかったとでも言うの? いけない。反省しなくては。
「うう……」
足元でジョルトが呻いたので、軽く舌打ちをし、もう一発ブリッツを見舞ってやった。
「がっ」
痙攣していた手足が完全に止まった。これで一時間は気を失っているだろう。
傍の家から老人が一人出てきた。顔は深いシワが刻まれ、手足は小枝のように細い。大地からむしり取られ、日が経つごとに萎れておく草花を連想させた。
老人は二秒ほどリムをじっと見つめ、口を開いた。
「なんか大きな音がしたが、あんた聞いたか?」
「ああ、花火の音だろ?」
「そうか、花火か」
老人は開けているのか閉じているのか分からない細い目を夜空に向けて、もう一度呟いた。
「そうか」
しばらく顔を上に上げていたが、今度は下に向け、倒れているジョルトを見た。
「連れの男、大丈夫か?」
「ちょっと飲み過ぎてね。歩くのも億劫なんだそうだ。困ったもんだよ」
「祭りの間くらいは思い切り羽目を外せばいいさ」
老人はにっと笑みを浮かべた。貧弱な外見からは想像できないくらい白い歯が綺麗に生え揃っており、健康的な口元が逆に少し不気味だった。
「爺さんは祭りに行かないのかい?」
リムの質問に、老人はますます相好を崩した。
「もう行ってきたさ。あんたら若者と違って、馬鹿騒ぎする体力もないからのう。雰囲気だけ楽しんで早々に引き上げてきたわい。今年も無事にこの時期を迎えられてなによりじゃ」
話好きな性格なのだろうか、付き合っていたらいつまでも相手をさせられそうだったので、リムは話題を変えた。
「爺さん、もう暫く時間は大丈夫かい?」
「ああ、寝るまで本を読んで過ごそうと思っとっただけじゃからな」
「じゃあ、悪いけど、こいつを看ていてやってくれないか? 保安官を連れてくるからさ」
「保安官? 保安官は酔っぱらいの介護なんかせんぞ」
「どうかな。こいつの顔を見れば、喜んで連れて行ってくれると思うぜ」
怪訝な顔をする老人に背を向け、リムは保安官事務所を目指し走り出した。
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