ステップ

 祭りとはどんな世界でも楽しいものだ。光来は並ぶ店舗の食べ物を全種類制覇する勢いで買い食いしていた。見たこともない食べ物が多かったが、物珍しさが食欲を刺激し旺盛になっていた。

 金はリムから貰っていた。この世界の通貨が分からないので提示された額よりかなり大きい金ばかり差し出していたら、あっという間にポケットが小銭で溢れてしまった。シオンが怪訝にしているので、思わず「俺の居た村では、未だに物々交換してるから金額が分からなくてさ」と余計な嘘をついてしまった。

 シオンも買い食いをして入るのだが、楽しそうには見えなかった。光来のお守役として仕方なく付いてきているんじゃないかと心配になってくる。

 もっと話し掛けた方がいいかな……。

 光来が迷っていると、背中から軽快な音楽が聞こえてきた。まるで羽ばたく様に飛び乱れる音は、身体が勝手に動いてしまいそうな軽やかさを纏い耳の穴に流れ込んできた。

 秋に舞い落ちる木の葉を追うようにメロディの発信源に吸い寄せられた。そこは一際明るい装飾が施されており、人が輪になって壁を作っていた。

 つま先立ちで人垣の向こうを見ると、何組もの男女が軽快に体を動かし、ダンスを披露していた。奥には五人で構成されたバンドが鮮やかな手際で楽器を奏でており、皆が子供の様にはしゃいでいた。

 これがワイズの言っていたダンスパーティーってやつか……。

 途端に、隣に立っているシオンを意識してしまった。ワイズから誘ってやってくれと頼まれたが、彼女はダンスなんかに興味があるだろうか。横目で見るが、相変わらず何処に焦点が合っているか分かりづらい。目は口ほどに物を言うとのことだが、彼女の目は無口だ。


「俺達も踊ってみないか?」


 気付いたら、勝手に言葉が出ていた。シオンを異性として意識してしまったのか、彼女の空虚な瞳を少しでも埋めたいと思ったのか、光来自身にも分からなかった。

 シオンは驚いた様子もなく光来を見つめた。


「ダンスが好きなの?」


 光来が先程シオンに対して抱いた疑問をそのまま返されてしまった。誘ったことを早くも後悔し始めていた。


「まあ、嫌いではないかな」


 咄嗟に答えたが、本当はあまり興味は無かった。ブレイクダンスやパルクールなどの超人的な動きは好きだったが、それにしても見るのが好きというだけで、自らやろうと思ったことはなかった。

 舞台の上に視線を戻した。救いなのは、舞踏会で舞うような上品な踊りではなく、野性味溢れる動きというところだ。決まったスタイルもなさそうで、舞台の上で舞っている人達は、思い思いに体を動かすことを楽しんでいる。これならなんとかなりそうだ。ここで引いては男が廃る。


「どうかな?」

「別にいいけど、私ちゃんと踊ったことないわよ」


 拒否されるか無視されるのを覚悟していたが、意外にも乗ってくれた。暗室にフラッシュが焚かれたように躊躇していた気持ちが影を潜めた。


「俺もだよ」


 こういう場合、男がリードするもんだろうと思い、シオンの手を取って舞台に上がった。女の子とダンスなんて、小学生の時に運動会で踊って以来だ。喉が渇くくらい緊張する。しかしこの状況、元の世界の友人、増田と飯島が見たら嫉妬の集中砲火を受けるのではなかろうか。

 舞台の上は一曲毎に入れ替わり立ち変わりしているので、光来たちは瞬く間に躍る側に溶け込んだ。初めはリズムが掴めずステップもぎこちなかった。しかし笑う者など誰も居ない。踊る側も見る側も、人生を謳歌しようとひたすらに盛り上がっていた。開き直ると丸まっていた背が真っ直ぐ伸び、動きも軽くなった。徐々に身体にリズムが染み込み、滑らかな足運びができるようになっていった。

 音楽に合わせて体を動かす。たったそれだけのことなのに、心地好い火照りが発汗を誘い爽快感で心が鋭敏なっていく。初めての経験に光来の方が楽しんでしまった。なるほど、世界中に音楽と踊りが自然発生したのも納得してしまう。

 自分が上手く踊るのに夢中になってしまい、パートナーに気を使うのを忘れていた。今更ながらだが、シオンと息を合わせようとした。しかし、心配には及ばなかった。彼女は音楽よりも光来の動きに合わせてくれていた。そう言えば、不安定だった動きの中で、一度も足を踏んだり絡まることは無かった。シオンのさり気ない気遣いと卓越した体捌き気づき、心が上擦ってしまった。

 シオンを見ると、まともに目があった。照れ隠しにぎこちなく微笑んだが、シオンは表情を変えない。楽しくないのかなと不安になったが、そういった感情はなんとなく伝わるものだ。ましてや今はしっかり手を繋いでいるのだ。少なくとも、早く終わらせたいとは思っていな 

 大丈夫。彼女も楽しんでいるさ。

 無理やり納得したところで、視野の端にリムが入り込んだ。これだけの人混みの中で咄嗟に捉えられたのは、ここ数日行動を共にしていたせいだろうか。

 それにしても、動きが周囲から浮いている。紛れてしまえば分からないのだろうが、一段高い位置から見ると、白いキャンバスに黒い点が付けられたように目立った。

 ちらりと舞台に視線を移したリムと光来の視線が絡まった。リムは少しだけ眉を顰め、さっさと行ってしまった。


「リム」


 彼女の名を呟いた。光来の動きが鈍くなっていたようだ。シオンも動きを緩めた。


「どうしたの?」


 いけない。今は彼女の相手をしているんだった。


「うん。何でもないよ」


 そう答えたものの、視線はリムが行ってしまった先を追っていた。

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