真理は酒の中にあり
商店が立ち並ぶ街角は活気に溢れていた。すれ違う人々全員が笑顔で、今日という日を楽しんでいた。ここラルゴでは『集客祭』と揶揄されるが、それもあながち的外れではない。コーヒー豆という名物の農作物は確かにあるが、やはり観光客が落としていってくれる金銭で潤っているのは否めない。収穫の無事を祈るよりも、街人も観光客も楽しんで盛り上がろうといった雰囲気の方が強かった。
どの店も入り口を全開にして、商品を目一杯乗せた台を出している。縁日に出ている屋台のようで、光来には心躍る光景だった。
「あれ美味そうだな。あっちのもいい匂いがする」
子供のようにはしゃぐ光来を、リムは冷めた目で見ていた。
「なにがそんなに嬉しいんだ? 馬鹿みたいだ」
光来はむっとして振り返りリムを睨むが、リムはすまして横を向いている。再び男装しているので、なにも知らない女の子が見れば、実にクールな美少年に映るだろう。
しかし、光来にしてみれば、今のリムは冷淡に感じてしまう。
「なんだよ。その言い方」
「別に。よくそんなにはしゃげるなと思ってさ」
「祭りだぞ。はしゃがなくてどうする。さっきから、妙に絡んでくるな」
「絡んでなんかない。自意識過剰なんじゃないのか」
「なんだって?」
「なんだよ?」
スイッチを入れたスタンガンのように、バチバチと睨み合う二人の間にワイズが割り込んだ。
「こら、往来のど真ん中で喧嘩なんか始めるんじゃない」
ワイズに諭されて気まずくなったのか、リムは一旦目を伏せ、くるりと背を向けるとさっさと歩き始めた。
光来は少し焦った。
「どこ行くんだよ?」
「酒場だよ」
「祭り、見て回らないのか?」
「酒盛りするのだって、祭りを楽しむのに欠かせないだろ」
唾を吐くような台詞を残し、行ってしまった。光来は酒宴なんかしたことがない。当然だ。まだ高校生なのだから。祭りを楽しもうと言ったのは光来で、酒を飲むのがリムの楽しみ方なら、止めようがない。
「しょうがないのう。わしが付き合うから、お前ら二人は、適当に周っておれ」
ワイズの口調は渋っていたが、口元から笑みが溢れていた。リムを心配してというよりも、酒場に行く良い理由ができたと思っているような感じだ。
ワイズはリムを追う前に光来に目で合図を送った、ような気がした。
リムとワイズは店の一番奥の席を陣取った。只でさえ陽気に振る舞う場所のうえ、収穫祭のノリが加わって、店内は異様に盛り上がっていた。
しかし、二人の周りだけは、道端に突然現れた窪みのように、陰気な空気で包まれていた。
ワイズはブランデーを一気に煽った。
「お前さんなぁ、酒くらいもっと楽しんで飲まんか。せっかく、久しぶりに飲み相手ができたと思ったら、張り合いがないわい」
「爺さん、この街に住んでるんだろ。飲み友達の一人や二人居ないのかよ」
「ワシは滅多に街には下りんからな。買い物なんかもシオンに任せっきりじゃ」
「あの娘……ずっとあんな感じなのか?」
リムが重たそうに言った「あんな感じ」だけで、ワイズには伝わった。十代の女の子が醸し出す雰囲気ではないことは、道端で擦れ違っただけでも伝わってしまう。
「……あの事件以来な」
「………」
リムは苦汁を飲み込むように、ブランデーを飲み干した。グラスを掲げて、おかわりを要求する。
「お前さん……グニーエを見つけ出して、どうするつもりじゃ?」
ワイズは、さっき光来にしたのと同じ質問をリムにぶつけた。リムはワイズを一瞥すると、呪詛を吐くように言った。
「殺す」
それ以外の答えはないだろうと予測はしていたが、実際の声を耳にして、ワイズは衝撃を受けた。それに、今の彼女の目。刹那ではあったが、まるで冷たい刃物で首筋を撫でられたような、背筋が凍る感覚を味わった。
「そのために、あの少年を連れているのか?」
トートゥでグニーエを殺させるという意味だったが、それには大げさなくらい頭を振った。
「違う。キーラとは道すがら一緒になっただけで、そんなことは考えていないさ」
「しかし、あの少年、お前さんを守るためなら禁忌を破るぞ」
リムは少しだけ身を引いた。
「なんでそんなことが、あんたに分かる?」
「分かるさ。お前さん達の何倍も長く生きとるんじゃぞ」
リムはブランデーを舐め、黙り込んだ。
「いいか? お前さん達、これからも旅を続けるんじゃろう? もし奴の居所が分かったら、一度ワシのところに戻ってこい」
「なんのためにさ?」
「そういったことは、老い先短い者に任せておけばいい。お前さんら若者には先があるじゃろう」
「……人任せにできることじゃない」
「………………」
ワイズはそれ以上なにも言わなかった。二人同時に一気にグラスを干し、再びおかわりを要求した。
「それにしても、お前さん強いのう」
小さめのグラスとは言え、度数はかなり高い。並の者なら、とっくに酔いつぶれている量だ。
「そうかな? これくらい普通だと思うけど……」
「酒ってのは酔うために飲むもんじゃ。楽しいことは増し、悲しいことは薄めてくれる」
「酔ったら、咄嗟の時に冷静な判断ができないだろう」
「いいんじゃよ。それで。いつも張り詰めとると、いつか空気を入れ過ぎた風船みたいに弾けちまうぞ」
「そんなことにはならない。グニーエを討つまでは」
「酒に強いし、気も強いか。キーラは苦労しそうじゃな」
ワイズのからかう様な口調に、リムは身体が火照るのを意識した。
「ボクと彼はそんなんじゃない。グニーエに辿り着くまでの相棒ってだけさ」
「そうか? 彼は危ういからのう。お前さんの様なタイプがお似合いじゃと思うんだが。お前さん、まだ男を知らんのじゃろう?」
「……このエロジジイ」
明らかに酒のせいではない理由で頬を染めるリムを見て、ワイズは豪快に笑った。
「そうじゃ。こいつを返すぞ」
コートの下に隠れていたホルスターから銃を抜き、リムに差し出した。修理を依頼していた銃だ。
リムは受け取りしげしげと見つめた。ズシリと手に馴染んだ重さは安心感さえ覚える。
「……うん。いいね」
「かなり使い込んでおったから、一度分解して、必要な箇所は部品も交換しておいた。新品同様じゃぞ」
「悪いね。手間掛けて」
「その銃、なかなかの逸品じゃが銘がないな。どういった経路でお前さんのもんになった?」
「うん……。まあね」
リムはワイズの質問には答えずに、銃をホルスターにしまった。
「まあ、えええわい。もっと飲むじゃろ?」
「ああ……」
おかわりを注文しようと手を上げかけ、リムの動きが止まった。
「ん? どうした?」
「あいつは……」
リムの視線の先には、店を出ていこうとする男の背中があった。立ち上がり、何事かと一緒に立ち上がろうするワイズを手で制した。
「ちょっとだけ席を外すよ。戻ってくるから、爺さんはそのまま飲んでてくれ」
「なんじゃ、知り合いでも見つけたか」
「知り合いではないな。ボクの方が彼を知ってるってだけさ」
リムは謎めいた言葉を残し、軽い身のこなしで混み合う店舗から出ていった。
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