銃と魔法の関係について

 ワイズに断りを要れて、裏の空き地を借りることにした。


「構わんが、なにをするんじゃ?」


 リムは正直に射撃の訓練をしたいと言った。ワイズはちらりと光来に視線を投げたが、出てきた台詞は使うに当たっての注意事項だった。


「それなら、この家を背にしてやってくれ。その方向に撃てば、急に人が飛び出してくることもない」

「わかった。私の銃の修理はどのくらい掛かりそう?」

「バレルを交換するだけだから、夕方には終わるじゃろう。だいぶ使い込んどるようだから、サービスで手入れもしといてやる」


 ワイズの了承を得たところで、二人は外に出た。

 ワイズ家の裏手は森が茂る小高い丘へと続いており、木々のざわめきが耳に心地好かった。蕭々と乾いた音を奏でる葉が天然のカーテンとなり、周囲から見られる心配がないのも好都合だった。

 リムは小型の拳銃を一丁、光来に渡した。普段は手首に隠し持っているスリーブガンだ。先日の逃走時には、二人とも、この小さな銃に助けられた。

 リムがいきなり一本の木を撃った。弾丸は見事に幹の中央に命中し、青く光る鮮やかな魔法陣が拡散したかと思うと、バチィッと電流が散った。

 その衝撃で、枯れ始めた葉が数枚、着地するのを拒否するように、揺られながら落ちてきた。


「キーラ、あれを撃って」

「えっ? えっ?」


 戸惑いながらも、光来は落下中の葉のうちの一枚を撃ち抜いた。銃口からは青白い魔法陣が拡散し、穴を開けられた葉は、激しい電撃の熱で炎が発生し、燃えながら朽ちてしまった。

 その様子を見て、リムは自分の推理は正しいと思った。撃った本人である光来の方が戸惑っている。


「あ……またトートゥじゃなく、ブリッツが撃てた」


 激しい渓流のような葉のざわめきに驚いたのか、森の中から一羽の兎が跳ねて現れた。秋の麦の穂を連想させる鮮やかな金色の毛を纏っている。耳がそれ程長くなく、体つきも小さい。もしかしたら、まだ子供なのかも知れない。

 リムが素早い動作で弾丸を装填した。


「しゅっ」


 躊躇うことなく、兎に一撃喰らわせた。撃たれた兎は、よたよたと三回跳ねてから、ばたりと倒れた。


「リムッ、なんてことするんだ!?」

「慌てないで。今のはシュラーフだから」


 シュラーフとは睡眠を誘う魔法で、この魔法に掛かると、例えたっぷり十時間寝て目覚めた後でも、抗えない睡魔に襲われる。


「それにしたって……」


 リムは、なにか言いたげな光来を遮った。


「キーラ、今度はあの兎を撃って」

「なんだって?」

「兎を撃つのよ」


 光来は握っている拳銃を見つめた。


「いくらブリッツだからって、あんな子兎を撃つなんて可哀想だよ。ショック死しちゃうかも」

「大丈夫。二発目にはアウシュティンが装填されているから。目を覚まさせてあげて」

「アウシュティン……目覚めの魔法か。本当だろうな?」

「つべこべ言ってないで、早く撃ちなさい」


 なおも何か言いたそうな光来に向かって、くいと顎で兎を指した。アウシュティンが込められていると言うのは嘘だった。二発目の弾丸も、ブリッツだ。しかし、どの魔法が込められていようが関係ないという確信がリムにはあった。


「大丈夫かよ。もう……」


 今度は止まっている相手だ。ゆっくりと兎に照準を合わせ、引き金を引こうと指先に動かした。ぶわっと黒い魔法陣が生じ、禍々しく径を拡大していった。


「うわっ」


 慌てた光来は銃を点に向け、トリガーから指を離した。


「トートゥだ。今度はトートゥを撃ちそうになった。どうなってるんだ?」

「やっぱり。これで確実だわ」

「なにがやっぱりなんだ?」


 光来が焦っているのとは対照的に、リムは落ち着いていた。


「いい? 彼の者はその人が描くイメージにとても敏感なの。あなたの世界では、銃は人殺しの道具だそうだけど、その認識が足枷になっている。だから、こっちでは銃は魔法を撃ち出す道具だと理解してほしいの」

「それは分かってるよ」

「頭で分かっていても駄目。なにも考えずに呼吸するのと同じように、それが当たり前なんだと認識できるまでに至ってなくちゃ」

「でも、さっきはちゃんとブリッツを……」

「落ちた葉っぱは生き物じゃない。だから、弾丸で撃ち抜かれようが生死は関係ない。あなたは生き物を撃つ時、トートゥに書き換えてしまうんだわ」


 光来はリムの言葉を反芻し、回想した。この世界に来てから俺が撃ったもの。

 ネィディ・グレアム。列車の連結器。落下中のナイフ。木の葉。

 確かに、装填されている弾丸が本来の魔法を発揮したのは、どれも無生物だ。

 俺の銃に対する認識が魔法を書き換えてしまう?


「それじゃ、俺が認識を改めれば、普通に魔法を使いこなせるわけか」

「理屈の上ではそうなるわね。でも、一度固まってしまった認識を改めるのは簡単なことじゃない。これは魔法の訓練というより、見解の訓練ね」

「なら、問題は解決だ。原因が分かれば、それ程難しいことじゃない」

「どうかしら」


 リムは再び睡眠中の兎を親指で指した。撃てと言うのだ。

 光来は意識を集中させ、銃を構えた。

 銃は魔法を撃ち出す道具。銃は魔法を撃ち出す道具。銃は魔法を……。

 まっすぐと兎を捉えている銃口から、ゆらりと光の粒子が立ち上ったかと思うと、制止する間もなくトートゥの魔法陣が形成された。


「あ……」


 またしても、撃たずして銃を空に向け唖然とした。あれほど念じたのに、弾丸はトートゥに書き換わってしまった。

 甘く考えていた。リムの言ったことは本当だ。固定観念を覆すのは、相当に厄介な行為だ。地球は球体だと教えられたのに、本当は円盤状でしたといきなり言われて信じられるか? 自分なんて現実には存在しなくて、実はプログラムの中の疑似生命だと言われて信じられるか? 無理だ。信じられるわけがない。

 思い込みの恐ろしさは考えていた以上だ。この世界での銃の役割は、魔法の杖と同等だと認識しなければならない。頭で考えるのではなく、神が奇跡を起こすのは当然だと言うくらいに信じきらなくては。


「ぼうっとしないで。できるまで続けなさい」

「お、おう」


 リムの叱咤に応えながらも、不安を隠せない。しかし、やるしかない。この世界で生き抜き、元の世界に帰るには、魔法を自在に扱えなくてはならないのだ。迷いを振り切り、光来は銃を構えた。

 訓練は三時間程続いたが、その間、消費された弾丸は一発も無かった。撃とうとするとトートゥの魔法陣が発生し、慌ててトリガーから指を離す。この動作の繰り返しだったからだ。

 そもそも認識が違うので、リムも効果的なアドバイスができないでいた。はじめは黙ってみていたが、構えては照準を外す動作を何度も繰り返すので、次第に苛つきが蓄積されていき、とうとう「気合を込めろ」とか「考えるな。感じろ」などと、昭和の熱血スポ根漫画に出てきそうな台詞がばんばん飛び出した。

 ストレスが溜まっていくのは光来も同様だった。思うように魔法を発動できないもどかしさに加え、リムの怒声が重なり、ついに忍耐の限界に達した。


「リムッ、少し黙っててくれないかっ」


 いきなり怒鳴られるとは思っていなかったリムは、一瞬、動きを止めた。光来はしまったと思ったが、もう遅かった。リムの顔がみるみる真っ赤に染まっていった。


「私が邪魔だって言いたいのっ?」

「そうじゃないけど、もうちょっと言い方ってもんが……」

「優しく言えばできるわけじゃないでしょっ」


 リムの今の言い方には、さすがにカチンと来た。二人とも感情豊かな若者ゆえ、こうなったら甲論乙駁になるのは必至だ。


「優しく言ってくれとかじゃなくて、横でギャアギャア喚かれたら集中できないって話だよっ」

「ちんたらやってる暇なんかないでしょっ。キーラ、あんた元の世界に帰りたくないのっ?」

「元の世界?」


 二人の言葉の応酬に、突然、他の声が入り込んできた。驚いて声の主を探すと、小屋の影からシオンが現れた。

 聞かれた? 光来とリムは思わず目を合わせ、慌てて逸した。その場の雰囲気をごまかすように、リムがシオンに突っ掛かった。


「な、なにっ? 気配を消して近づくんじゃないわよ」


 シオンはリムの剣幕など意にも介さず、質問を繰り返した。


「元の世界って?」


 完全に聞かれてしまった。光来が異世界の住人であることは、二人だけの秘密だ。容易には信じられない話だし、光来とグニーエ・ハルトを繋げるリンクでもある。もっとも、そう思っているのはリムだけで、光来はその推測には否定的なのだが。

 リムが固まってしまったので、光来が代わりに答えた。


「ああっ、元の世界ってのは……俺さ、元々魔法を扱うような生活じゃなかったんだよね。今は諸々の事情で使っちゃってるんだけど……」


 シオンはじっと光来を見つめている。心の中まで見透かされるような、例の目だ。


「だからさ、魔法なんか使わなくてもいい生活に戻りたいなって話。なっ? リム?」


 いきなり振られたリムは、こくこくと首を縦に振った。


「そう、そういうこと。妙な勘ぐりしないで」


 まったく動じない視線に射抜かれて、さすがのリムの居心地が悪そうだ。


「そうなんだ……。でも、魔法は使えた方がいいわよ」


 すっと視線を外すと、くるりと背を向けた。

 なんとかごまかせたか……光来はほっと胸をな撫で下ろしたが、シオンが振り返り、再び視線が合ったものだから、必要以上に焦ってしまった。


「お祖父ちゃんが、そろそろ出掛けるって」


 一言だけ言うと、今度こそ姿を消した。


「はー……びっくりした。あの娘、わざと気配を消してるんじゃいだろうな。じゃあ行こうか、リム」


 リムは渋い顔をして光来を睨んでいる。


「一度も成功しなかったじゃない」

「訓練したら、付き合うって約束だろ? 結果は問題じゃない」


 黙って憮然としているリムを尻目に歩き出した。本当は手を繋いで引っ張ってやりたいところだが、女の子に慣れていない光来には、そんな強引な行為はできなかった。

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