賑やかな昼食
後ろから声を掛けられ、シオンは振り向いた。
「あ、あの……この近くに、銃工房があるって聞いたんですけど」
常々、自分は滅多なことでは驚かないと思っていたが、この時ばかりは、刹那だけ戸惑ってしまった。
目の前に立っている少年は……間違いない。先日、ホダカーズで行われた決闘でトートゥを使った少年だ。確か、キーラ・キッドと名乗っていた。保安官に連行されたはずなのに、どうしてこの街にいるのだろう? つかつかと近づいてくる、男装をした少女にも見覚えがある。自分がアウシュティンを撃ち込んでやった少女だ。
あれからすぐにあの場を去ったので、推測に頼るしかないが、この少女が彼を助け出した……そういうことなのだろう。
「ギム、この娘だよ。シュラーフを撃たれた君を起こしてくれたのは」
ギムと呼ばれた少女は、一応、礼は述べたが、噛み付くような視線を投げてきた。
「でも、別に助けてくれなくても、なんとかなったけどね」
それはそうだろう。彼女が眠らされている間に、一番まずい状況は過ぎ去ったのだから。シオンはそう思ったので、そのままを口にした。
すると、キーラが妙な咳をし、ギムはますますきつく睨んできた。なにか怒らせることでも言ってしまっただろうか。
男装をしている少女。ギムというのも普通は男の子に付ける名前なので、おそらく偽名だろう。ちょっと興味が湧いたので、一つ質問をしてみた。
「……あなた、なんで男の子の格好しているの?」
二人はいよいよ固まってしまった。
これも言わない方が良かったのだろうか。人の心の機微を読み取るのは得意ではないので、相手が触れられたくないと思っているところに触れてしまうことがある。反省しよう。
「これからは女がどんどん活躍する時代だからね。動きやすい格好がいいのさ」
首を傾げたくなるような答えが返ってきたので、反省しようと思ったばかりなのに、考える前に疑問が口から出てしまった。
「そう……でも、言葉遣いまで男を真似る必要はないと思うけど」
キーラが慌てるように割り込んできた。
「あの、銃工房なんだけど……」
ここら辺の銃工房と言ったら、ウチのことに違いない。いったい、何の用があって訪ねてきたんだろう。相手はトートゥで人殺しをするような咎人だ。普通なら関わらない方が良いのだろうが……。
「ついて来て」
工房兼自宅に向かって歩き出しながら、シオンは祖父のワイズのことを考えた。彼は昨日の朝、野暮用があると言ってホダカーズに出掛けた。先日、買い出しや所用を済ませるためにシオンを赴かせたばかりの街にだ。いくら銃の職人として実直な人生を送ってきたからって、嘘が下手過ぎるだろう。
おそらく、目的は彼、キーラ・キッドだ。キーラの話をした時、祖父の顔色が変わるのを見逃さなかった。彼と接触を試みたものの、まさか脱獄していたなどとは夢にも思わず、すれ違いになってしまったのだ。
祖父が長年、黄昏に沈んだ街と、その首謀者と目されているグニーエ・ハルトついて、独自に調べていることは知っていた。本人は隠しているつもりのようだが、同じ屋根の下で生活しているのだ。そうそう隠し事なんかできない。
祖父がキーラに会いたいと言うのなら、引き留めておくべきだろう。シオン自身、キーラに興味があるし、なにより、黄昏に沈んだ街の謎に迫れるかも知れない。あの日の光景は、ワイズの記憶にこびり付いているのだろうが、自分だって片時も忘れたことなどない。
案内され、目的の工房を見つけた光来は、心が浮き立った。まるでキャンプ場で借りるコテージのような丸太小屋だったからだ。こんな素敵な小屋で仕事をしているなんて、工房の持ち主が羨ましく思った。
しかし、リムは訝った。光来は浮かれて見逃したが、看板らしきものが掲げられていない。中は確かに工房なのだが、これでは客なんて来ないのではないか。
リムが奥に向かって声を掛けた。しかし、店主からの返事はない。
「今は留守にしてるの」
なぜかシオンが答えたので、リムは一瞬意味を測りかねた。
「自己紹介が遅れたわね。私はシオン・レイアー。ここは、私の祖父が営んでいる工房なの。祖父は用があって出掛けているけど、もうすぐ帰ってくるはずだから、中で待ってて」
そういうことか。得心がいったリムは、少しだけ緊張を解いた。扉を開け誘われたので、素直にお邪魔することにした。。外観も渋かったが、中はもっと落ち着いた趣があった。
光来は、棚や机上の道具を見て、子供のようにはしゃいだ。「へえ」とか「ほー」などと呟きながら、工房の中を見て回った。工具の一つを手に取ろうとしたが、シオンから「触らないで」と言われてしまった。どうと言うことでもないのに、彼女に注意されると、びくりとしてしまう。
一方、リムは壁に飾られていた拳銃をじっと見つめていた。その内のを一つを手に取り、つぶさに観察した。光来はまた注意されると構えたが、リムにはなにも言わなかった。拳銃を観察しているリムを、シオンが観察している。そんな感じだった。
リムは一言「すごい……」を呟き、シオンに向き直った。
「これは、あなたのお祖父さんが?」
シオンはこくんと頷いた。
「祖父の腕は一流よ。待ってて。コーヒーでも淹れるから」
奥にあるらしい厨房に姿を消したが、すぐに戻ってきて「その銃、元に戻しておいてね」と言い、今度こそ本当に消えた。
すかさず、光来はリムに近づいた。
「なに? その拳銃、そんなに良い物なんだ?」
「名銃と言ってもいいくらいの逸品よ。これだけじゃない。ここに飾られている物は、何れも高い技術を用いられている。観光地であるラルゴに、ここまでの腕を持つガンスミスがいるなんて……」
銃のことなどまるで分からない光来だが、興奮しているリムの様子から、かなりの高水準であることは察せられた。
しばらくすると、シオンが戻ってきた。コーヒーを淹れると言っていたが、何故かトレイに食事を載せている。
「ちょっと早めの昼食にしようと思ってたところなの。あなた達もどうぞ」
ちょっと早めと言うが、まだ十時を過ぎたばかりだ。怪訝に感じたが、せっかく用意してくれたものを無下に断るのも悪い気がした。
「私たちは呑気に食事してる時間なんてないの。それより……」
リムが銃を戻しながら無遠慮なことを言いかけたので、光来は慌てて遮った。
「いいじゃないか。彼女のお祖父さんが待ってなくちゃいけないんだし、せっかくの厚意なんだから……」
光来の言い分にも一理あると思ったのか、リムはそれ以上なにも言わず、ふんっと鼻を鳴らした。
三人で食卓に付いた。丸太を縦に半分に切ったものを並べ、脚を取り付けただけの無風流なテーブルだったが、きちんとテーブルクロスは敷かれていた。
テーブルに並べられたのはシチューだったが、何を煮込んだのか今一つわからなかった。光来はそれとなく匂いを嗅いでみたが、頭の中に浮かぶ料理はなかった。横目でリムを見ると、なにやら難しい顔をしている。
ちょっと怖くなったので、会話で間を持たせることにした。
「……あの、シオンさん」
「シオンでいいよ」
「それじゃ、シオン、君のお祖父さんなんだけど……」
「冷めるわよ」
「あ……いただきます」
じっと見られているのに、いつまでも手を伸ばさないのは不躾なので、一口食べてみた。
「がはっ!?」
一瞬、なにが起こったのか分からなくなった。一秒だけ意識が飛んだと言うか、脳幹に直接電気を流されたような、凄まじい衝撃に襲われた。
麻痺するような感覚に襲われながらも、なんとかリムの方に首を回した。リムはリアクションこそ控えめだったが、全身が小刻みに震え、大量の汗を掻いていた。
リムはキッとシオンを睨んだ。
「……あなた、一服盛ったわね」
「なにを訳の分からないことを言ってるの?」
シオンはひょいと一口運ぶと、スプーンを口に入れたまま数秒間無言となり、いきなり倒れテーブルに伏した。
「うわぁっ」
光来は仰け反るように立ち上がった。そのせいで椅子の脚に足首が絡め取られ、派手に転んでしまった。その際、悪あがきでリムに掴まろうとしたのが良くなかった。光来に掴まれ体勢を崩したリムは、転ぶまいとテーブルクロスを掴んでしまい、料理が盛られていた皿ごとひっくり返り、得体の知れないシチューを頭から被ってしまった。もうメチャクチャである。
「熱ぅっ」
「おまえらっ、ワシんちでなに騒いどるっ」
いきなりの怒声と同時に、一人の老人が乱暴に扉を開け放った。手には拳銃が握られている。老人は鋭い眼光で室内を見渡したが、あまりにも間抜けな光景に吊り上がった眉は次第に下がり、呆れ顔になっていった。
「おまえら……なにをしとるんだ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます