第5話「かくれんぼ」
「隠してるものでもあるの?」
「はっ? ないないない。あるわけないだろ」
「ふ〜ん?」
幼なじみの八依がじりじりと俺に詰め寄ってきた。
ここは自宅二階にある俺の部屋。
八依が掃除をするとか言い出して、無理やり押し入って来たのだ。
本当のところ、自室にだけは入れたくなかったが、俺の母親に頼まれたからと言い倒して、言うことを聞かなかった。
今、クローゼットの中にはカブリが隠れている。
俺はヒヤヒヤしながら、八依の出方をうかがっていた。
「別に構わないけど、ほどほどにしてよ。あんたにどんな趣味があるかまでは聞かないけど」
「だからそんなものないって」
「じゃあ、あたしを玄関で待たせていた間にゴソゴソしていたのは何だったのよ?」
「それは……」
口を詰まらせる俺。もちろん、うさぎの少女を飼っているだなんて正直に打ち明けるわけにはいかない。
「何よ? 答えられないようなものなの? ねえ〜何なのよ?」
……ウザい。とてつもなくウザい。
こいつ……いい加減にしろよ。
しかし、全てはカブリのため。すんでのところで煮えくりかえる感情をグッとこらえる。
ここで下手に反論したら、「じゃあ棚の中とかクローゼットの中とか全部見せてみないさいよ」と言われ、部屋の中をあれこれ捜索される可能性がある。そんなことをしてカブリの存在がバレてしまおうものなら大変なことになってしまう。
「…………。」
俺は沈黙を続ける。
「まあいいわ。聞くまでもない。どうせR18なやつでしょ」
違うわっ。カブリは全年齢対象だっつうの。天使も天使、大天使だ。
……まあ、コスチュームとかちょっとえっちだけど。
俺は憤慨しながらも、八依が勝手に納得してくれたのならまあそれでいいと心を落ち着かせた。
その後、八依は部屋の掃除を始めた。掃除と言っても掃除機をあてるくらいで、勝手に俺の私物を触ったりとか、特に変なことをする素振りはない。
なんだ、こいつもその辺の配慮はしてくれるのな。俺はほっと一安心した。
「……ほんとに掃除だけなんだな」
「だからそう言ったじゃない」
思わずぼそりとつぶやく。
一般的な男子高校生には隠しておきたい秘密がいっぱいあるのだ!
と、気を緩めた矢先。
八依がニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「ねえ? ベッドの下に何かあるんだけど? これ何? ……雑誌?」
「へ? そんなもの知らないぞ……。いや待て。あ……もしかして……」
雑誌……俺には思い当たる節があった。あれは……もしかして……。
半年ほど前、カブリが登場するアニメ『白耳姫』の特集が掲載されたアニメ雑誌を買った。最近それが見当たらなくて、どこにいったのかと探していたのだが、まさかそんなところにあったのか。
しかも、表紙にはかなりエッチなカブリのイラストが載っていたような気が……。
カブリは健全で天使のようなキャラであるから、別にそれを恥ずかしがる必要はこれっぽっちもないのだが、なんだか八依には見られてしまってはまずいもののような気がする。
しかし八依は今にも、そのアニメ雑誌をベッド下から取り出そうしていた。
「やめろ! 見るな!」
「やっぱ、そういう本なんだ! 見せろ! この変態!」
その雑誌をめぐって八依と取り合いになったが、この暴力系幼なじみには敵わない。結局、可愛いカブリの表紙の雑誌を奪われてしまった。
「え……何これ……?」
それを目にした八依が、まるで静止画像かのように固まっている。
「……どんな破廉恥な本が出てくるのかと思ったら、あ、あんた……こんなの見てたの? えっちなアニメの女の子……こんなのが好きだったの……? あんた、これじゃホントの変態じゃないっ⁉︎」
「バカ言え! それは一般向けのアニメ雑誌だ!」
「そんな細かい違い知らないわよ! まさかあんたがこんなの好きだったとは……。こういうアニメ見るくらいなら、リアルのえっちな本見なさいよっ!」
いやそれもそれでどうなんだよ、と思う。
それにしても、一般的な女子高生というのはこれほどオタク文化に理解がないものなのか?
一般アニメを見ていただけなのに、まるでR18ものでも見てたかのように言いやがって。
「いいだろ、それくらい!」
そう怒鳴って、八依の手から雑誌を取り返そうとした。
「ダメ! これは没収!」
「何でだよ⁉︎ それは俺の私物だ! 返せ!」
と、我慢の限界を迎えてプチンときてしまった俺が叫んだ瞬間、
バタンっ!
クローゼットの扉を押し開けて、勢いよくうさぎの少女が飛び出した。
「……で、出てけ……魔女!」
気づいたときにはうさぎの少女が俺たち二人の前に躍り出て、好奇な視線にさらされていた。
「……や……やめてよ! エージが嫌がってるでしょ!」
八依に対峙するカブリの細い脚がぷるぷると震えている。
一瞬、俺はその言葉の意味を理解できなかったが、少し考えを巡らせると、カブリの言わんとしていることが伝わってきた。
まさかカブリは、八依が本当に魔女で、俺が襲われていると勘違いしている……?
そんな俺を恐ろしい魔女から守ってくれようとしている……?
あんなに魔女を怖がっていたのに、こんなにぷるぷる震えているのに、俺を守るため勇気を出して助けてくれようとしている……?
いや今はそんなことより、八依にカブリの姿を見られてしまったことの方が……。
しかし、すでに時遅し。
「――誰っ、この子⁉︎」
八依がまん丸な目をして、二次元の世界から飛び出してきたうさ耳の少女を驚きの眼差しで見つめている。
こうしてカブリは、二人目の人間によって発見されたのだった。
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