第4話「幼なじみ襲来」
学校を休んだ俺は、うさぎの少女カブリと一緒に一日を過ごした。
カブリ――かつて画面の向こう側に見た、世界一の美少女。そんな彼女が今、俺の部屋にいる。
いまだに信じられないが、これが
きっと神様が俺の願いを聞き入れてくれたに違いない。
アニメのキャラに恋したってよかったんだっ!!!
しかし、喜んでばかりもいられない。
アニメの世界から飛び出てきた彼女の正体が外部に露呈するような事態は避けなければならない。
幸い、去年から家には両親が不在であり、実質俺は一人暮らしをしている。この家の中にいる限り、彼女の存在が俺以外の人間にバレることはないだろう。
とはいえ、いくつか不安はある。
これからどうしていこうか?
カブリと暮らす将来について考えていたときのことである。
ピンポ〜ン。
インターホンが鳴った。来客のようだ。
「誰か来たみたいだ。カブリはちょっとここで待っててくれ」
「どこいくの……エージ?」
「玄関まで行くだけだよ」
「うん、すぐ戻って来てね……?」
上目遣いで俺を見上げるカブリ。ほんとこのうさぎ少女は可愛すぎる。
すぐに戻ってくるからなとカブリに告げて、俺は自室のある二階から一階に下り、玄関のドアを開けた。
「何だよ、お前か」
幼なじみの
◆◆
「『何だ、お前か』とは失礼な」
八依はつんと口を尖らせて言った。
「悪かったよ。何か用?」
九重八依――隣の家に住んでいる同い年の女子高生。
親同士が仲良いこともあり、物心つく前から俺たちは一緒によく遊んできた。
まあ最近じゃ、ベタベタ仲良くすんのはうんざりなんだけどさ。
「あんた今日、学校休んでたでしょ?」
「ああ。だから何だよ?」
「どうして休んだの? それが心配で様子見に来たの」
「それだけの理由で? 俺たちもう小学生じゃないんだからさ。逆に迷惑なんだけど」
「はあ? せっかく来てやったのに、何よその言い方? ちょっとくらい感謝しなさいよ!」
やべ。こいつを怒らせるとめんどくさいんだった。
ヒヤヒヤしながら八依の顔を見返すと、しかしなぜだかもう怒った顔をしていない。
彼女はやけに怪訝そうな表情で部屋の奥をじっと見つめていた。
「……どうかしたか?」
「いや別に、大したことはないんだけど。ねえ? 今、家に誰かいるの?」
「はあっ⁉︎ ど、どうしてそう思った?」
「今、誰かがキッチンの方に向かって歩いていくのが見えた気がしたんだけど?」
「へ? ……き、気のせいだよ、たぶん。……あはは。まあでもちょっと気になるな。一応、様子見てくる」
玄関を後にし、まさかと思いながら俺はキッチンへと歩みを進めた。
「やっぱりか」
案の定そこには、カブリがいた。
「どうして下りて来た? 部屋で大人しくしてろって言っただろ?」
玄関にいる八依に聞かれないように小声でカブリに問う。
「だってエージが戻ってこないから……。わたし、寂しくて……」
長い二つの耳がだらんと前方に垂れている。犬の尻尾みたいに、感情が耳にあらわれるのかもしれない。
「ごめんな。でもここにいると危ないんだ。ほら、また魔女がやってくるかもしれないんだよ」
「魔女?」
幼なじみという魔女がな。
「大丈夫。すぐ戻るから、な? もう少しだけ二階の部屋で待っててくれないか?」
「すぐですよ? ほんとですよ?」
すぐ戻ると約束すると、カブリは納得した様子ですたすた部屋に戻っていった。
ふう。
階段を上る少女の背中を見上げる。
このうさぎは二次元の世界からやって来たアニメのヒロイン。華奢な身体の世界一の美少女。
この世界にやって来たばかりなのに、一人で放置されたらそりゃ怖いよな。
だが大丈夫だ、カブリ。絶対、俺が守ってやるからなっ!
速攻、八依には帰ってもらうからなっ!
玄関に戻ると、八依が不満そうな表情で待ちぼうけしていた。
「心配してくれてアリガトウ。わざわざ家まで来てくれてウレシイヨ。じゃあな」
今の俺は、頭の中がカブリのことで埋め尽くされている。
八依には悪いがさっさと帰ってもらいたくて、バタリとドアを閉めようとした。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! あたし、用事があって来たのよ!」
「はあ。もう何だよ。俺は忙しいんだよ」
「バイトも部活もしてないくせに。あんたみたいな人間のどこが忙しいのよ」
「ちっ、余計なことまで言いやがって。まあいい。ほら、帰った、帰った」
「ダ〜メ! か・え・ら・な・い!」
八依は俺が閉めようとするドアをこじ開けて、家の中へと侵入してきた。おそろしい女である。
「おばさんに頼まれてるの! どうせ家の中が散らかってるだろうから、掃除してやりなさいって!」
「……お、おう」
なるほど、そういうことか。俺は理解した。
俺の両親はここ一年、家を空けていて、俺は今、一人暮らしをしている。
俺としては自由な生活を謳歌できて最高なのだが、心配した母親は、八依に頼んで俺の身の回りの世話をさせているのだ。
最初の頃は余計なお世話だと思っていたが、最近じゃ八依は、わざわざに晩御飯を作ってくれたりと、こいつには頭が上がらない。
だから掃除しに来たとか言われたら、追い返すわけにもいかねえ……。
「まあいいけど……だが……ちょ、ちょ、ちょっと待て」
ちょっとくらい掃除してもらうだけならいいだろう。こいつには世話になってるのだ。むしろ感謝しなきゃならないくらいだ。
けれどまずは、カブリをどうにかせねば。うさぎ少女の存在が露呈すれば、掃除どころの騒ぎじゃなくなる。
「何で待たなきゃいけないのよ? 隠すものでもあるの?」
八依がジリジリと俺に詰め寄る。
――はい、あります。一匹のうさぎの少女が。
と言えるはずもなく。
……ヤバい、ヤバい、ヤバい。
俺は客人を玄関に残して、階段を駆け上がり自分の部屋に飛び込むと、カブリに対し、しばらくクローゼットの中に隠れておいて欲しいと頼むのだった。
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