第3話「今日は学校に行けないな」

「なるほど……」


 俺には思い当たる節があった。


 カブリが登場するアニメの中に、主人公とカブリが森の中で魔女に追われるシーンがある。そこで二人は絶体絶命のピンチに陥るのだが、つまりはちょうどそのタイミングでカブリを召喚したということらしい。


 その結果、俺はカブリを助け出したということになっている。

 というわけで、このうさぎ少女はあんなに何度も何度もありがとうと繰り返しながら感謝していたのだ。


 俺は断片的にではあるが、徐々に状況を理解していった。

 カブリにとって俺は自分を窮地から救い出してくれたヒーローである(ということになっている)。


 ――偶然なんだがな……。


 本当のところ、俺はヒーローでもなければ魔法使いでもない。『異世界人召喚術』とかいう頭のネジのはずれたウェブサイトを見て本気で信じた、ただのイタい高校生である。

 しかし、面倒な説明を避けるためにも、自分は心の優しい魔法使いということにしておいた方が都合がいいのかもしれない。


「ああ……そ、そうだ。俺は魔法使いで、ピンチだったお前を助けた。間違いない」

「やっぱりそうだったんですね! エージ、助けてくれてありがとう!」


 そういうことにしておこう。結果的には、実際そうなんだし……。良心の呵責に苦しめられながらも、俺は苦笑いでその場をごまかした。


 そのとき。

 ぐぅうう〜。カブリのお腹が鳴った。


「お腹空いた?」


 うさぎ少女は恥ずかしそうに顔を赤らめてこくりとうなずいた。


「ちょっと待ってろ」


 俺はベッドから立ち上がる。

 ヒーローである俺は、ヒロインが空腹にあえいでいれば食べ物を与えてお腹を満たしてやらねばならない。


 俺はこっそり自分の部屋を抜け出すと、家族にバレないように抜き足差し足、階段を下り、深夜三時のキッチンに忍び込んだ。物音を立てないように気をつけながら、こそこそ冷蔵庫を漁る。


 ――あいつ、何食べるんだろ?


 そういえば、アニメの中ではにんじんが好きだという設定だった。うさぎだからにんじんが好きだという至極単純な設定であった。


 にんじんどこだ……? ネギ、キュウリ、大根……。野菜は色々あるが、にんじんは?

 ……あった。三本ある。


 三本のにんじんを手に取り冷蔵庫の蓋をそっと閉めると、階段を上り自分の部屋へと戻る。そおっと、そおっと。静かに。

 もしも、ファンタジーうさぎの存在がバレたりなんかしようものなら、家中が、いやそれこそ世界中が大騒ぎになるかもしれない。


 忍び足で部屋の前まで戻ってくると、俺は静かにドアを開けた。


「食い物とって来てやったぞ。ほら、にんじんだ」

「ありがとうございます。わ〜い」


 うさぎ少女は口を大きく開けると、にんじんにガブリとかぶり付く。アニメで見た通りの光景が目の前に広がっていた。


「……本当にそのまま食うんだな」


「はい」口をもぐもぐさせるカブリ。「おいしいです!」


 口の動きと連動するかのように長い耳がぴょこぴょこ動く。

「喜んでくれてよかったよ」


◆◆


「はぁ〜」


 しばらく話し込んだ後、カブリは大きなあくびをした。


「眠いか?」


 カブリはひどく疲れているように見えた。それもそのはず。ついさっきまで、魔女に追い回されて、生きるか死ぬかの瀬戸際にあったのだ。


「ベッドの上でお休み」俺はクローゼットから予備の毛布を取り出しながら言った。「俺は床で寝るよ」

「どうしてですか?」

「遠慮しなくていい。疲れてるだろう? 柔らかい布団でゆっくり休みなよ。俺は下でいいから」


「違う、そうじゃなくて。ここでわたしと一緒に寝ればいいじゃないですか?」


 カブリは俺のベッドをポンポンと叩きながら言う。驚愕発言である。


「な、何、言ってるんだ⁉︎ 俺たちは、男女だぞ⁉︎」

「人間の男女は一緒のベッドで寝てはならないんですか?」


 きっとカブリは大真面目に言っている。それくらい純粋なうさぎの少女なのである。


「ダメなことはないけど……」

「じゃあ、いいでしょ? わたし、その……怖いんです。また魔女が現れて、襲われるんじゃないかって……。ね? だからそばにいて?」


 まあ確かに怖いよな。知らない世界に来て、いきなり一人にされたらそりゃそうか。俺はカブリの立場に立って考えてみる。


「まあ、そこまで言うなら仕方ないか……」


 物語のヒロインを守るためだ。仕方ない。なので添い寝します。


 もう一度言おう。これは義務だから。


 と、自分自身に言い聞かせながらカブリの待つ布団に入る。


 真横に見えるのは、かつて夢見たヒロインの美しい寝顔。

 こんなのが現実リアルだなんて、いまだに信じられない。


 可愛いうさぎ少女の横顔を見ながら、俺は眠りについた。


◆◆


 ピピピピっ!


 聞こえてきたのは、普段スマホに設定しているアラーム音。


 驚いてカーテンをめくり窓の外を見れば、空はもう明るくなっている。添い寝タイム終了のお知らせだ。あれから三時間ほど寝ただろうか。


 残念ながら、本日は水曜日。平日である。二度寝はできない。


「……悪い」


 俺はがっかりしながら布団をめくり、立ち上がった。


「どこ行くの……?」

「ごめんな。学校に行く時間なんだ。もう起きなきゃ」


 カブリをどうしたものか……。外に出したらまずいよな……。この部屋から出ないように言っておけば大丈夫だろうか? 頭を悩ませながら、ベッドから立ち上がろうとしたのだが、


「ね、行かないで……お願い」


 カブリは俺のジャージの袖をぎゅっとつかんで、か弱い声でそう言った。


 ――か、可愛すぎる。


 俺はそのあまりの可愛さに心臓を締め付けられたかのような感覚に陥った。


 ――平常心、平常心。冷静になれ。


「だ、大丈夫だ。この部屋は魔法で守ってあるから。部屋の中にいる限り安全だ」

「……ほんとに?」


 泣きそうな声で喉を震わせるカブリ。


「ほんとだ。ここにいれば大丈夫だから」


「……でも、怖いです。ねえ、エージ……?」


 ――可愛いぃいいいいい!


 そんな可愛い瞳で見つめられたら、そのお願いを断るなんて不可能だ。


「……はあ。今日は学校に行けないな」


 その日、人生で初めて学校をサボった。


◇◇


 ここまでお読みいただきありがとうございます。

 次話にて、主人公・衛士の幼なじみが襲来します。

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