第2話「うさ耳ヒロイン召喚」
――アニメの
それが俺、
……って、改めて言葉にしてみると恥ずかしいにもほどがあるな。
恋をした相手は、カブリという名のうさぎの少女。『白耳姫』というアニメ作品のヒロインである。バニーガールをモチーフにしてデザインされたオタク殺しの萌え萌えキャラクターだ。
胸は控えめ、脚には黒タイツ、お尻には小さく丸い真っ白な尻尾がついている。さあ萌えてくださいと言わんばかりのビジュアルの可愛ぃ〜いキャラクター。見方によっては少しエッチかも。
――か、可愛い。
うさぎ少女を目にした俺の最初の感想がそれ。
その反応が製作者の思う壺であることに当時の俺は気づいていなかった。
オタク文化というのは、一度足を踏み入れれば二度と抜け出せない底なし沼である。その日、俺はうさぎの少女に誘われて、深い深い沼地に最初の一歩を突っ込んだのであった。
そうして恋に落ちてから一年が経ち、三百六十五回目のため息をついた頃。
夢にまで見たうさぎの少女が、こうして今、目の前にいる。
事の経緯はこうだ。
ある日俺は、ネットの世界を巡回中、「異世界人召喚術」なるウェブサイトを偶然発見した。
バカげたサイトだとして本気にしない俺であったが、その召喚術を使えば、恋したうさぎ少女カブリを現実世界に呼び出せるのではないかと
そうしてついに試してみずにはいられなくなった俺が、サイトの記述に従って召喚術を試みた直後のこと。
ベッドの上の辺りが突如光り始め、数秒後、空間そのものに大きな穴が開くと、
ドスンっ。
頭上からうさぎの少女が降ってきた。
仰向けに寝転んで悶々とした夜をやり過ごしていた、俺の身体の上に。
そして今に至るというわけ。
「…………」
うさぎ少女は一瞬ぽかんとした表情を見せたが、少しして何かを察したようだった。
「……ありがとうございます。ほんとにありがとうございます!」
彼女はどういうわけかひたすら俺に感謝する。
「ほんとに、ほんっとにです」
俺の身体の上にまたがったまま、胸に掌をあて、うるうると瞳に涙を浮かべて感謝する。その可愛い目でとまどう俺の顔を見下ろしながら。
「ど、どういうことだ……?」
俺は現実を受け止めきれずにいた。
――一体、何が起きてるんだ?
ようやく俺は、状況を理解し始めた。
目の前にいるのは、紛れもなくかつて俺が一目惚れした二次元の女の子。
アニメのキャラが
確かに俺は、そんな夢が現実になれと何度も願った。
けれどこう唐突に二次元世界からやって来られても、それはそれで困り果ててしまうというものだ。
だってそれはあくまでただの夢で、空想で、妄想であったはずなのに。はあ……信じられない。
さすがの俺も二次元うさぎの実在性を疑う。
ベッドから起き上がると、俺は少女を部屋の中央に立たせた。そして少女の周りをぐるりと一周して見まわしてみる。
彼女には左腕がある、背中がある、右腕がある。前方には垂れた長い二つの耳がある。
決してペラペラの紙なんかじゃない。彼女は三つ目の次元を持っている。
「……何ですか?」
とまどうカブリを差し置いて、俺は少女の頭をぽんと触った。しっかりと掌に伝わる感触。確かに彼女に触れることができる。
「じゃあ、本当に……」
結論はただ一つ。この少女は、
理由はわからない。しかし、どうやら俺は本当に彼女を召喚してしまったらしい。
「ありがとうございます! 本当に感謝してるんです!」
「わかった、わかったから。落ち着いてくれ」
俺は興奮状態のうさぎ少女を落ち着かせようとする。
しかし実のところ、俺の方が内心穏やかでない。さっきからずっと心臓はバクバクしっぱなしだ。
「お名前訊いてもいいですか?」
ようやく落ち着いてきたうさぎ少女がそう尋ねた。
「
「エージ?」
「そう衛士。御垣衛士」
「わたしはカブリっていうの。よろしくね」
すでに知っているその名前を、俺は頭の中で繰り返す。――カブリ――かつて心の中で何度も呼びかけた名前。
「本当に……カブリなんだな……」
「え?」
カブリは、俺がカブリを知っていることを知らない。
「いや……何でもない。はじめまして、カブリ」
初対面というていを取り繕ってうさぎ少女に挨拶した。
「ところで、さっきから『ありがとう』って感謝してるけど、何の話だ?」
俺はどうもさっきから気になっていたその件について質問した。
「えっ? 何を言うんですか、エージ? わたしが迷いの森で魔女に追われているところを、エージが助けてくれたんでしょ?」
カブリは当たり前のようにそう答えた。
「迷いの森で魔女に追われていたって、まさかあの第三話の……?」
「……第三話? はて、何の話です?」
ぽかんとこちらを見つめるうさ耳のカブリ。
ほんと可愛い顔だなぁ〜、だなんて、そんなことは今はどうでもよくて。
「マジかよ……」
俺は思わず息を呑んだ。
『迷いの森』、『魔女』……どちらもアニメ『白耳姫』に出てくるキーワードである。ちょうど第三話あたりのエピソードだ。
となると、どうやらこのうさ耳少女は、本当にアニメの世界から飛び出て来たということで間違いないらしい。
夢見心地の俺の目の前で、うさ耳少女がぴょこんと白い耳を動かした。
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