六十一話 自慢できること

 七星さんの言葉に俺はハッとした。

 俺を真剣に見つめてくる七星さんの表情に、俺は自身の浅慮を恥じた。


 本当に俺は財界の連中にバカにされようが気にしない。

 今は住む世界が違うのだから仕方がないとさえ思っている。

 だが、七星さんは違う。


 財界のヒエラルキーでもピラミッドの頂点近くに位置する七星財閥のその一人娘。

 七星さんは俺とは違い、財界に住んでいる。

 そんな彼女が仮初めとはいえ交際相手のことを卑下されることは彼女の立場として許せないだろう。


「七星さんが言いたいことはわかったよ」

「……っ」


 俺が彼女の視線を見つめ返すと、七星さんは僅かに目を見開いた。


 偽装交際を受け入れたのが七星さんの意志とはいえ、持ち掛けたのは俺だ。

 なら、彼女のことは最大限尊重しなければいけないし、なるべく負担にならないようにしなければ。


「確かに、偽装交際とはいえ七星さんの彼氏である以上、それ相応のものは求められるな」

「……そうですねー」


 なぜか不満そうに唇を尖らせる七星さん。

 その反応に違和感を抱きながらも俺は話を続ける。


「となると、何か一つでもアピールできるところがあればいいが……自慢じゃないが、財界の金持ちを相手に自慢できることなんて一つもない」

「そ、そんなことないですっ。赤坂さんはいい人です!」

「ありがとう……」


 慰めの言葉が辛い。

 いい人って、特に褒めることがない人に言う言葉なんだよなぁ。


「貯金自慢で勝てる気もしないしな」


 一般的な高校生にしては貯金はある方だと思うが、財界の人間相手に財産勝負は愚の骨頂。

 さりとて他にアピールできる点や、彼らに勝っている所があるとは思えない。


 平凡な、本当に凡庸な人間だ。


 七星さんの彼氏として、七星さんが胸を張って彼らに紹介できる人間でならなければならないのに、俺が自慢できるところは何一つない。

 ……いや、それこそが課題だな。


 財界の人間に自慢できることがないというのが課題なのは、何も今回の話に限ったことではない。

 この先彼らと人脈を築こうとしたときに、彼らが付き合うに値する人間でなければならない。

 もちろんそのことを考えた上で俺は七星さんに偽装交際の話を持ち掛けた。

 彼らに対するアピールの一つとして、七星アリスと交際しているという事実は大きな意味を持つ。


 だが、それだけではいずれ行き詰まる。

 彼女と見せかけの交際をやめた後、俺には何も残らない。

 何もない俺に財界の人間が関わってくれるとは考えづらい。


 ……金持ちになるためにも、何かひとつ胸を張って自慢できることが必要だ。

 そのための学歴であり、そのための進路。

 難関大学に行けば、それだけでアピールの一つになる。


「それこそ、今の俺に頑張れることは勉強ぐらいしかないんだよな」


 ポツリと零す。

 その勉強もバイトにかまけて中途半端だが。


 お互い考え込み始めて沈黙が生まれる。

 ふと、その沈黙を七星さんが打ち破った。


「そ、それです!」


 テーブルに身を乗り出すようにして七星さんが目を輝かせている。

 一体どれなんだろうと次の言葉を待っていると、七星さんは弾む声で告げた。


「月末の期末考査、わたしに勝ってください!」

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