六十話 いや
おじい様たちから赤坂さんを誕生日パーティーへ招待するように言われてから一夜明けたけど、わたしの気分は晴れないままだった。
憂鬱な気持ちで赤坂さんと登校して、そのまま授業を受けて、そして今、赤坂さんと一緒に食事をしている。
普段は楽しいひと時も今日に限っては楽しむ余裕もなくて、つい口数も少なくなってしまう。
今回のことは、おじい様たちの抵抗なんだろう。
お父様たちがわたしと赤坂さんのこ……交際を辞めさせないために裏で手を回してくれて、それに対して、おじい様は表向きは交際を阻止しようととられないような形で介入してきた。
今回の誕生日パーティー。間違いなく罠だとは思うけど、あくまでも彼女であるわたしの誕生日パーティーに彼氏である赤坂さんを招待しなさいという好意的なものだからわたしの都合で断ることはできない。
むしろ、断ればそこから赤坂さんのことを批判し出すに決まってる。
おじい様たちはそういう方たちだ。
かといって、財界のトップたちが集うパーティーへ赤坂さんにいきなり参加してもらうのは相当な負担になるはずだ。
……何より、おじい様たちの意図はわかり切っている。
財界のトップたちの前で赤坂さんを笑いものにするつもりだ。
わたしにとっては世界で唯一無二の誰よりも大切で大好きな人だけど、赤坂さんを知らない財界の人間からすればそうはならない。
客観的に見れば赤坂さんはどこの財閥にも属さない、財界や政界の人間が集まるパーティーにいるような人ではない。
そんな場所に赤坂さんを招いていいのか。
拒否権がないことはわかっていても、どうしても躊躇ってしまう。
「七星さん、どうかした?」
「っ、い、いえ……っ」
不意に赤坂さんに声をかけられて、反射的に首を横に振ってしまう。
赤坂さんを見れば訝し気にわたしの方を見ていた。
「朝から元気がないように見えるけど」
「え、えへへ……」
「いや、なんで嬉しそうにしてるの」
赤坂さんがわたしの変化に気付いてくれたことが嬉しくて思わず頬を緩めると、変な目で見られてしまった。
昨日の夜に陽菜が向けてきた目と似ている。
……わたしが一人で考えてもどうしようもない。
意を決して、赤坂さんにパーティーの話を打ち明けることにした。
◆ ◆
七星さんの話を聞いて、俺は神妙な面持ちになった。
食後のコーヒーを飲みながら考え込んでいると、七星さんが不安そうな顔で俺を見てくる。
俺は少しの間を置いて口を開いた。
「七星さん、八月生まれだったんだ」
「そ、そっちですかっ」
そういえば仮にも交際関係にあるのに七星さんの誕生日をまったく知らなかったなと、今更ながらに思った。
よくないなという反省の言葉に七星さんは突っ込みを入れてきた。
俺が不思議そうにしていると、七星さんは小さく息を吐き出してからおずおずと窺うように訊ねてくる。
「その、わたしの方で断るのは難しくて……も、もちろん、赤坂さんの都合が悪ければおじい様たちにそう伝えますけど」
「いや、折角の招待だしご厚意に甘えるよ。七星さんの誕生日パーティーに彼氏の俺がいないと不審がられるかもしれないし、何より財界の人間が集まるのなら、俺が断る理由がない」
七星さんの、正確にはおじいさんたちの提案は俺にとっては僥倖と言える。
そもそも七星さんとの偽装交際を持ち掛けたのだって、その立場を利用して財界の人間とコネを作ろうというものだった。
実際には財界の人間と会う機会がなくて八方塞がりとなっていたが、誕生日パーティーならばその問題も解消される。
「そ、そうですか」
俺がいうと、七星さんはなぜか悲し気に目を伏せた。
「もしかして、俺が行くと何か不都合でも? ならやめておくけど」
「い、いえっ、そういうわけでは! ……ただ、わたしの交際相手ということで、赤坂さんは注目を浴びると思います。そこで、その……」
「ん?」
なんだか歯切れが悪い。
ばつが悪そうに視線を彷徨わせる七星さんだが、若干を目を逸らしたまま話す。
「恐らく、赤坂さんは悪目立ちをするというか、言葉を取り繕わずに言えば馬鹿にされてしまうと思うんです」
「なんだ、そんなことか。まあそりゃそうだろうな」
金持ちの中に一人だけ一般人が紛れ込んでいたらなんだこいつってなる。
意地の悪い奴なら馬鹿にしてくるだろう。
「それぐらい俺は気にしないよ。むしろそのぐらいの逆境乗り越えられないとな」
ある程度図太くないと金持ちにはなれない。
俺がそういうと、七星さんは唇をきゅっと引き結んだ。
「……わたしが」
伏せた顔を上げて俺をじっと見つめてくる。
「わたしが、嫌なんです」
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