六十二話 保留
「七星さんに、勝つ?」
その突拍子のない提案を俺は思わず反芻していた。
七星さんは勢いそのままに頷く。
「はいっ。わたしに成績で勝てればそれが赤坂さんのアピールポイントになるはずですっ」
その提案は確かに合理的だった。
俺が七星さんの誕生日パーティーも兼ねたクルーズ旅行までの間に磨けるアピールポイントはせいぜい学力ぐらいしかない。
そして、その学力が七星さんよりも優れていれば十二分にアピールポイントになるだろう。
億を優に超える資産を持つ財界の人間が一高校生の成績程度あまり気にもしないが、七星さんよりも上であれば話は別だ。
七星財閥の一人娘を上回る学力を有している者を表向きにバカにはできないだろう。
いわば、これは七星さんの立場を利用したものでもある。
だが、これには問題が一つあった。
「……七星さん、前回の中間考査学年一位だったよな」
「はい」
「……一年生の頃から、学年一位だったよな」
「はい」
「……なるほど、もしかして今回は手を抜いてくれるとか」
「抜きませんよ?」
「……………………」
――いや、無理じゃね?
つまり、七星さんに勝つには学年一位を取らないといけないということになる。
俺は若干表情を引き攣らせながらやんわりと言葉を紡ぐ。
「えっと、七星さんは俺が七星さんに勝てば、それがアピールになると思ってるんだよな?」
「はいっ」
「で、七星さんとしても俺がバカにされるのは避けたいんだよな?」
「もちろんです!」
「じゃあ、七星さんが手を抜いてくれたら俺も勝ちやすいと思うんだが」
論理的に物事を順序だって説明する。
お互いのメリットのために、俺は何も間違ったことは言っていないはずだ。
七星さんは綺麗な眉を僅かにひそめた。
「八百長みたいなことは嫌です。それに、わたしが手を抜いたら元も子もありません」
「というと?」
「成績が落ちるとおじい様に怒られてしまいます。それも、この高校へ進学する条件でしたから」
そういえば、以前も似たようなことを言っていたような気がする。
授業を休まないことがこの高校に入る条件の一つだったとかなんとか。
公立高校に入るにあたって、どうやら七星さんは優等生然としたものを求められているらしい。
「ん? だったら俺が仮に七星さんに勝つとまずいんじゃないのか? 成績が落ちるってことだろ?」
「わたしの成績が落ちていなければ問題ないんです。順位は相対的なものですから、わたしが普段通りの点数をとれていれば何も言われないはずです」
「なるほど……」
納得はしたが、そうなるとやはりこの条件を突破するのは難しい。
「ちなみに七星さんの中間考査、主要七科目の合計点は何点だったんだ?」
「たしか、六百二十八点でした」
「……わかってはいたけど凄いな」
素直に感心する。
いや、状況が状況だけに手放しに称賛できないが。
俺の前回の合計点は五百七十二点で、一年の学年末考査と比べると軽く百点以上も上がっている。
順位も学年全体で二十位以内につけていたし、客観的に見て悪くはないと思っていた。
だが、上には上にいる。
全教科九十点以上をとれというのは、中々な注文だ。
「大丈夫ですっ、赤坂さんならできます! 一週間であれほど好成績を残せたんです。今から頑張れば十分に間に合うはずです! わたしにできることはしますし、家庭教師の先生もお呼びしますから!」
眉間に皺を寄せて考え込んでいると、七星さんがずずいと身を乗り出してきた。
期待に目を輝かせる七星さんの瞳。
……俺だって、ここまで言われて奮い立たないヘタレじゃない。
確かに今から頑張れば可能性があるんじゃないか、ぐらいには思う。
だが、やはりネックになるのはバイトだ。
今月もすでに試験前までシフトを入れている。
無理を言えば外してもらえるかもしれないが、そうなると稼げなくなる。
葛藤が湧き上がり、俺は七星さんの眼差しから逃げるように「一旦考えさせてくれ」と答えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます