二十九話 ショーケース

「お、お帰りなさいませ、アリス様っ」


 屋敷に着くと、いつものように陽菜が出迎えてくれた。

 少しだけ息が荒いような気がするのは気のせいだろうか?


 わたしは陽菜に「ただいま」と挨拶を返しながら、足早に詰め寄った。


「ア、アリス様?」

「陽菜、確認したいことがあるの。確かこの屋敷にショーケースが余ってたわよね」

「は、はい。あの、それが……?」

「今すぐわたしの部屋に一つ手配して欲しいの」

「かしこまりました」


 陽菜は小さく頭を下げると、私を部屋まで送り届けて姿を消した。

 五分後、廊下で物音がしたかと思えば、再び陽菜が数人の執事たちと共に現れた。


「アリス様、ご注文のショーケースです。どちらに置かれますか」

「ありがとう。……そこの壁際にお願い」


 わたしが指示するやいなや、ショーケースが所定の場所へ運び込まれる。

 仕事を終えた執事たちが立ち去るのを確認してから、わたしは立ち上がった。


「あの、アリス様。何を飾られるのですか?」

「ふふふん、凄く大切なものよ!」


 言いながら、水族館のロゴが入った封筒を陽菜に見せつける。

 そしてその中から丁寧に紙のフレームに入った写真を撮り出した。


「それは、水族館の記念撮影コーナーの?」

「ええ。……どうして知ってるの?」

「あ、その、以前同じ場所に訪れたことがありまして」

「そうなんだ、意外」


 陽菜にはどこかに遊びに行くイメージがなかったから新鮮な気持ちになる。


「まさかそれを飾られるので?」

「……? そうだけど?」


 なぜわざわざ確かめてくるんだろう。

 陽菜のことを不思議に思いながらも、手渡された鍵を使ってショーケースを開けて写真を中に入れる。

 それからスマホを撮り出して、レストランで撮影した赤坂さんの画像を表示して、写真の隣に並べるようにして置いた。


「えへへ……」


 二枚の赤坂さんが並ぶ様子を眺めながらショーケースを閉めて鍵をかける。


「陽菜、絶対に開けちゃダメだからね! 触るのもダメ!」

「……はい」


 陽菜に鍵を手渡して、わたしはショーケースの近くへ椅子を運ぶ。

 そしてそこに腰を下ろして今し方飾ったばかりの二枚の写真を眺める。


「えへ、えへへへ、えへ~」


 記念撮影を意識して少し柔らかな表情を浮かべている赤坂さんと、ソースをつけて可愛らしい表情をしている赤坂さん。

 可愛いとカッコいいが共存している……えへへ。


「あの、アリス様。今日はいかがでしたか」


 しばらくショーケースを眺めていると、陽菜がどこか疲れたような声音で話しかけてきた。

 わたしは陽菜の問いに素直に答える。


「とても楽しかったわ! ……いいこともたくさんあったもの」

「赤坂様のお陰で濡れずにすみましたもんね」

「そうなのよ! 赤坂さん、わたしにジャケットをかぶせてくれて! ……あれ? どうして陽菜がそのことを知ってるの?」

「…………」

「ねえ、どうして目を逸らすのよ!」

「…………」

「……陽菜、もしかして」


 疑惑の目を向けると、陽菜はぐぐぐっと目を逸らした。

 逸らした視線の先に顔を覗かせると、さらにぐぐぐっと。


 明らかに不審なその姿に、わたしは一つの可能性に思い至った。


「わたしたちのデート、つけてたの?」

「……………………たまたま、たまたま、本当にたまったま、行き先が同じだったんです」

「じーっ」

「……その、申し訳ございませんでした」


 見事な九十度のお辞儀で陽菜が頭を下げて来る。

 わたしは一つ大きく息を吸い込んで、小さな声で訊ねる。


「……ど、どこまで見てたの」

「アリス様がトイレで――」

「もういいわかった全部見てたのねっ」


 まったく気付かなかった。


 わたしは陽菜の胸をポカポカと叩く。

 非難の意味と照れ隠しも込めて。

 今度から陽菜にはデートの詳細は伝えないでおこう。

 ……今度があれば。


 また赤坂さんは誘ってくれるだろうか。

 色々と迷惑をかけてしまったし、楽しんでいたのはわたしだけだったのかもしれない。


「アリス様……?」


 陽菜を叩いていた手を緩めて俯くと、気遣わし気に声をかけて来る。

「なんでもないの」と笑い返すのと同時に、室内にメッセージアプリの通知音が鳴り響いた。


「っ、赤坂さんからだわ!」


 すぐにメッセージを開こうとポケットに手を突っ込んで、テーブルの上に視線を向けて、……それから、ショーケースの中を見る。


「……陽菜」

「はい」

「鍵」

「……はい」


 受け取った鍵を差し込んで急いでスマホを取りだす。

 どうしたのだろうとアプリを開くと、赤坂さんらしい簡素な内容のメッセージが届いていた。


「『無事に帰れたか』って、赤坂さんから!」

「それはよかったですね」


 スマホの画面を陽菜に見せつける。

 わたしは胸を張りながら得意げに言う。


「これで陽菜もわかったでしょっ。 わたしたちが愛し……愛し、その、愛し合ってるってことが!」

「得意げな表情をされるのならせめて照れずに言い切ってください、色々と台無しです」

「うぐっ」


 鋭い言葉に胸を押さえていると、陽菜は静かに目を閉じた。

 そして目を開くと、気まずそうな表情を浮かべた。


「……まあ、少しならあの男のことを認めてもいいと思いました。アリス様のことをきちんと考えて動かれていたみたいですし」

「……! 陽菜、だーいすき!」


 陽菜に認めてもらえたことが嬉しくて飛びつくと、陽菜は嫌がりながらも受け止めてくれた。

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