三十話 また
「おはようございます、赤坂さん」
「おはよう、七星さん」
ゴールデンウィーク明けの早朝。
学校が始まるということで、当然いつもの公園で七星さんと待ち合わせをしていた。
最早見慣れつつある七星さんの自転車姿に先日のデートの時の服装を重ね合わせる。
きっちりと首元のボタンまでしめられた制服姿とは対照的に、デートの時のオフショルダーのワンピースの露出の多さが目立つ。
……朝から何考えてんだ。
ぶんぶんと首を横に振って煩悩を退散させる。
「どうかされましたか?」
「いや、大丈夫。それじゃあ行こうか」
「はいっ」
自転車をこぎ出す。
五月に入ってからまた一段と暑くなり始めた気がする。
自転車に乗っていると適度に風が顔に吹き付けてきて心地いい。
これが冬になると地獄だが。
「赤坂さん、ジャケットの方は大丈夫でしたか?」
「ジャケット? ……あー、適当に干したら乾いたよ」
信号待ちの間、気を見計らっていたかのように声をかけて来る七星さん。
俺は思い出しながら答えた。
あの日、家に帰ってから俺は適当に自室の椅子の背にかけておいた。
まあデートでもなければ着ない服だしな。
「そ、それはよくないですっ。生地が傷んでしまいます!」
「別に俺は気にしないけど」
「わたしは気にします! ……その、もしよろしければわたしの方でクリーニングの手配をしましょうか?」
何故か自転車から身を乗り出して、目を輝かせながら訊いてきた。
流石にそれは気が引ける。
「いいよ。やるなら自分でするし」
「そうですか……」
残念がる七星さん。
人の服の心配までしてくれるなんて、優しいな。
「そういえば陽菜のことなんですけど」
「七星さん付きのメイドさんの?」
「はい」
脱衣所での苦々しい記憶が蘇る。
あのメイドさん、明らかに俺のこと嫌ってたもんな。
そもそも今回のデートだって、俺の七星さんに対する愛情を彼女に疑われたことをキッカケにやったことでもある。
「実は先日のデ、デート、陽菜が後をつけていたみたいなんです」
「なにそれこわ、え、こわ」
まったく気付かなかったけど。
なに、金持ちのメイドは隠密スキルも標準搭載なの。
ていうかこれ完全に俺を警戒してのことだよな。
……こえぇ。
俺が内心で震えていると、七星さんは苦笑いした。
「陽菜にはきつく言っておいたので、もう二度と後をつけるなんてことはしないと思います。……たぶん」
「それ、なんのフォローにもなってないんだけど」
「で、ですけど、陽菜が赤坂さんのことを認めてもいいって言ってました! 今回の作戦、大成功みたいですっ」
「ほんとに?」
「はいっ」
嬉しそうに頷く七星さんの様子を見ていると少なくとも嘘ではないようだが、あの疑り深くて俺のことを毛嫌いしていた笹峰さんがそんなにちょろいだろうか。
……ま、上手くいったのなら素直に喜んでおこう。
「あの、赤坂さん」
「ん?」
満面の笑顔を咲かせていた七星さんが一転、不安げな表情で見上げてきた。
「また、デートに誘ってくださいますか?」
七星さんの青い瞳が揺れている。
口元をきゅっと引き結んで、俺の答えを待っていた。
それに対する俺の答えは決まっている。
「もちろん。俺は七星さんの彼氏だからな」
そういう契約だ。
七星さんが望むのなら、俺が拒む理由はない。
「今はそれでいいですっ」
弾んだ声でにへらと微笑む七星さんに、俺は一つだけ付け加える。
「ただ、次からは現金も持ってきてくれ」
「……はい」
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