十六話 理由
「どうすればいいと思う」
「………………いや、僕に訊かれても」
登校してすぐに俺は大親友へ朝の挨拶をすると同時に相談を持ち掛けた。
つまるところ七星さんとのデートでどこに行って何をするのか、ということだ。
焦りと勢いで誘ってしまったからその辺り何も決めていなかった。
そして改めてそのことについて考えると、事態の深刻さに気付く。
金持ちである七星さんに相応しい場所を俺は知らない。
ただの昼ごはんに高級レストランへ行き、豪邸に暮らし、使用人が何人も住んでいるのに一人暮らしと言い張るあのお嬢様をどこへ遊びに誘えばいいのか。
そんな俺の深刻な悩みを受けて、しかし大河はやれやれと言った様子で盛大なため息を零す。
「前から僕は悠斗が後のことを何も考えずにすぐ行動に移すおバカさんだとは思ってたよ? 七星さんとのことについてもそうさ。でもね、まさかここまでとは僕も思っていなかったよ」
「待て待て待て、論理的に考えて俺の行動は間違ってないだろ」
「間違ってないのは発想までだよ。それを行動に移すまでの思考が間違ってる。間違ってる以前にそもそも悠斗は何も考えてないんだけど」
「……まあ、そうかもしれない」
「そうだよ」
……確かに今回のことに関しては俺も早計に過ぎたかなとは思う。
でも早々に解決しないといけない問題だっただけに、仕方がない。
「そもそも僕は理解できないね」
「何がだよ」
「七星さんに対して愛情をもって接することができていないことが問題なら、そんなに回りくどいことをしなくていいんだ。ずばり、悠斗が七星さんを愛すればいいんだよ」
「……大河、お前は何もわかってないな」
「む、悠斗にそんなことを言われるなんて心外だな」
名案と言わんばかりに語る大河の話に、俺は首を横に振る。
それでは一つの問題を解決してもう一つの問題を生むだけだ。
「俺は七星さんに恋愛感情がないことを前提に契約を持ち掛けたんだ。その俺が恋愛感情を抱いたらそれこそ本末転倒だろ」
「はぁ……」
俺が言い切ると、大河はまたしてもため息を零した。
わけがわからない。
「悠斗の話を聞いている限り、別にそうなっても問題ないとは思うんだけどなぁ」
そう言って、大河は顔を斜め後ろに向けて七星さんの方を見た。
彼女は今日も一人で自分の席に座っている。
最近少し変わったことといえば、彼女が自転車通学を始めて髪を束ねるようになってから後ろ姿が幼くなったことぐらいだろうか。
大河は俺へ向き直ると、「まあいいや」と自己解決したように呟く。
「そもそもさ、そんなに悩む必要があるのかな?」
「どういう意味だ」
「だってそうでしょ。七星さんに対して恋愛感情がないのなら、彼女が楽しもうが退屈にしていようが関係ないじゃないか。要は一緒に二人で出かけたという事実があればいいんだから」
「……それはそうだが」
大河に言われて珍しくその通りだなとは思った。
相手を好きでも嫌いでもないのなら、デートの場所にどこを選んで何を思われてもどうだっていい。
俺たちはあくまでも契約によって交際しているのだから、そんなことで交際が打ち切られることはない。
ない、が……。
俺が黙り込むと、大河がニヤリと愉しげに笑う。
むっと睨み返すと俺から目を逸らしてわざとらしく窓の外を眺め始めた。
「……前にさ」
「ん?」
「コンビニのおにぎりを一緒に外で食べたんだよ」
「言ってたね」
「その時、七星さんすげえ楽しそうにしてたんだ。公園でおにぎりを食べるだけでだぞ?」
「…………」
「だからまあ、なんというか、折角遊びに行くなら楽しんでもらいたいだろ?」
自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。
一度頭を整理しよう。
再び黙り込むと、今度は茶化すことなく大河は静かに俺の言葉を待っていた。
何かを期待しているようにも見えた。
少し考え込んで、自分なりの答えにようやく思い至る。
「あれだ、七星さんに詰まらなさそうにされると気まずい。それが嫌だから楽しんでもらえる場所に行きたい。うん、これだ」
「……まあ、頑張った方なのかもね」
「なにが」
「別に」
少し落胆した様子で俯いた大河は、しかしすぐに顔を上げる。
若干得意げな表情で人差し指をピンと立てた。
たぶん最近探偵もののアニメか何かを見たんだろうな。
「悠斗の悩みに対する僕の答えはずばりこうだよ。七星さんに何がしたいか、どこに行きたいかを訊くのが一番。お金とかの問題はその後に考えればいいよ」
「……確かに、それはそうだな」
なぜそれに思い至らなかったのか。
もしかしたら俺はバカなのかもしれないと、脳裏の片隅でチラリとだけ思った。
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