四話 色んなものを交換した
サラダを食べ終えると、続いてコンソメスープが出てきた。
黄金色に輝くスープは、だというのにとても透き通っている。
一口飲めば、その美味さに目を見開いた。
よくある塩味の強いタイプではない。
あくまでも素材の味を引き出すために使われているだけで、スープ自体はとても深みのある旨味が感じられる。
これまた夢中になりそうだったが、先ほどの反省を活かしてゆっくりと飲み進める。
食事中に少しだけ空いてしまう間を埋めるために俺は話をすることにした。
「そういえば、契約の話なんだけど」
「はい?」
「七星さんはいいのか? 俺とこういう風に接していて」
「というと?」
コテンと可愛らしく小首を傾げて七星さんが不思議そうに訊き返してくる。
俺はどう話したものか一瞬間を置いてから言葉を整理した。
「いや、だってこの契約での七星さんのメリットって、言い寄ってくる男がいなくなることだろ? なのにこうして俺と一緒に昼食を食べたりしてていいのかなって」
「そ、それは……赤坂さんが言ったんじゃないですか。わたしに対して恋愛感情はないと……っ」
「それはそうだけど」
「むしろわたしの方が今回のことは色々とメリットが大きいんですっ」
「な、ならよかった……」
七星さんが少し食い気味に強調してくる。
やっぱり俺の気にしすぎか。
大河が変なことを言うから気になってしまった。
「それに、赤坂さんの方こそ大変だと思いますよ? わたし悪い意味で目立ってますから、赤坂さんも何か嫌なことが起こるかもしれません。……そこだけが心配です」
「悪い意味でって、そんなことないと思うけどな。みんな七星さんのことが気になってるだけだよ。お金持ちで可愛かったら良い意味で目立つよ」
「……っ」
たぶん、七星さんの彼氏(仮)になったことで俺に集まる注目のことを心配してくれているんだろう。
今朝、七星さんに話しかけられただけであれだけざわついていたんだ。
今後俺と七星さんの関係が広まればその注目は今朝の比じゃない。
とはいえ、俺だってそれぐらいのリスクは織り込み済みだ。
学校での注目と将来の可能性を天秤にかけて後者を優先して選んだに過ぎない。
それに、そういう人間は遠目から眺めて面白がるだけだ。
経験上そういう人間は無視しておけばいいし、話しかけてくる人間に悪い奴はいない。
「あ、あの……っ、もう一度っ」
「ん?」
「っ、い、いえ……」
何を言おうとしたんだろうか。
上擦った声で何かを言いかけてやめた七星さんを見ながらぼんやりと思う。
そうこうしているうちにスープを完食し、続いて分厚いのに柔らかいステーキを食べ、デザートのアイスが届いた。
あっという間に三十分経っていて、三限の授業に間に合うにはあと十分ほどで出ないといけない。
毎日こんな食事をするのは疲れないんだろうかと思っていると、七星さんが何かを思いついたように軽く手を合わせた。
「そうですっ、赤坂さん。今日から一緒に帰りませんか? おうちまでお送りしますよ」
「え、送るってあのリムジンで……?」
「はい!」
なんだかとても嬉しそうに頷いている。
正直通学時間が短縮できるのは有り難いし、車というのは楽でいい。
けど、
「ありがたい話だけど、ごめん。俺、自転車なんだ。それに、俺の家の周りだとリムジンが目立つから」
「そ、そうですか……」
俺が断ると、七星さんはまたしてもしゅんと肩を落として残念そうにしている。
なんだか俺が悪いことをしたみたいな感じがして落ち着かない。
ソワソワしながらアイスを食べていると、七星さんが不意に顔を上げて青い瞳をキラキラと輝かせた。
「では、わたしも自転車通学にします!」
「え、大丈夫なの? 家の人とかは……」
「かまいません。今、わたし一人暮らしなので何も言われないと思います。斎藤さんには通学時間の間はドライブしておいてもらいます」
斎藤さんというのはあのリムジンの運転手だ。
七星財閥に雇われて、主に七星さんの送迎などを担当しているらしい。
それにしても七星さんが一人暮らしだったとは驚きだ。
お嬢様ってこう、使用人たちに囲まれて身の回りのお世話をさせていると思っていた。
「なので……道が同じところまでは一緒に通学しませんか?」
「自転車通学って、結構大変だぞ。髪は乱れるし天候に左右されるしで」
「では、雨の日は斎藤さんと一緒にお迎えに上がります。お目立ちになりたくないということでしたら、少し離れたところでお待ちします」
「……まあ、俺はいいんだけど、どうしてそこまで」
俺が訊くと、それまでの畳みかけるような勢いは嘘のように視線を彷徨わせ、白髪をいじいじと触り始めた。
そして、照れるように言った。
「その……お付き合いしているのですから、一緒に通学したいんです」
「――――」
まるで本当の彼女かと錯覚するような可愛らしい動機と仕草に思考が止まる。
落ち着け。これは契約、偽装交際。メリットとデメリットだ! ウィンウィンだ!
なんとか自分に言い聞かせ、彼女の意図を探る。
「……まあ、確かに。今朝みたいに俺たちが一緒にいることを見せれば、噂になって寄り付いてくる男が減るもんな」
「………………そうです」
俺たちの関係は周りに喧伝しないと意味がない。
そういう意味では彼女のムーブは正しい。
俺は火照った顔を冷やすようにグラスの水を飲み干すと、一つ息を吐いてから言う。
「じゃあ明日、帰りの時に家の近くまで案内するよ」
「大丈夫ですよ? 赤坂さんのおうちは知っていますから、明日の朝、そちらにお伺いします」
「ん?」
あれ? なんで七星さんが知ってるんだ?
「……あー、いえ、その、赤坂さんが、ファミレスでバイトをされているという話を聞いたことがあったんですっ。その近くに住んでいらっしゃるのかと勝手に」
「あ、ああ、なるほど。大河とは結構その話を教室でしてるからな、うん。まあでも、細かい位置はわからないだろ? 後で連絡する――あ、そういえば七星さんと連絡先を交換してなかった」
「!! そ、そうですっ、交換しましょう、連絡先!」
「う、うん」
即座にスマホを取り出して差し出してきた七星さんの勢いに圧倒されながら、俺もスマホを取り出す。
俺がトークアプリを起動してQRコードを表示する。
が、七星さんはスマホを差し出したままだった。
「えっと、七星さん? QRコード読み込めない?」
「え、ええと、スマホをかざせばできるんじゃないんですか?」
「え」
まさかとは思うけど……いや、そんなバカな。
「……七星さん、連絡先の交換の仕方わかる?」
「お互いのスマホを近付けるんじゃないんですか?」
困ったように眉根を寄せて訊いてくる。
……なるほど。
「えっと、少し貸してもらえるかな」
「は、はい、どうぞ!」
七星さんにスマホを借りてアプリを起動する。
QRコードリーダーを起動して、俺の連絡先を追加した。
「はい、これでできた。この〝あかさか〟っていうのが俺のアカウントだから」
「これが……ありがとうございます!」
スマホを胸に抱きしめるようにして満面の笑顔で感謝を伝えて来る七星さん。
彼女から目を逸らすように俺もスマホの画面を見る。
追加された連絡先のアカウント名は、〝アリス〟だった。
アイコンは可愛らしいクマのぬいぐるみだ。
「じゃあ、とりあえず明日からよろしく」
「はい、よろしくお願いします!」
色々あったけど、ともかく俺と七星さんは明日から一緒に自転車通学することになった。
あと、このレストランのお金は七星さんが出してくれた。
というか、事前に払われていた。
……ま、まあ、これも契約のうちということでここはひとつ。
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