三話 昼休み……だよね?

 一つわかったことがある。

 お金持ちのお嬢様は学校で何を食べるんだろうと気になっていたが――。

 結論。学校ですらなかった。


 昼休みになり、七星さんに声をかけられた俺は彼女についていく形で教室を出た。

 そしてそのまま校門まで行くと、リムジンが待ち構えていた。

 この時点でおかしい。


「お迎えに上がりました。七星様、赤坂様」

「ご苦労様」


 運転手らしき壮年の男性が白手袋をはめた手を胸に当てて優雅な物腰でお辞儀をしてくる。

 七星さんはそれに慣れた様子で感謝の言葉を口にしていたけど、俺の思考はこの時点で放棄されていた。

 そして、車に乗ること数分。

 決して派手ではないけど、明らかに高級とわかるレストランの前で車は停まった。


「赤坂さん、こちらです」


 車を降りた七星さんが俺を先導する。

 俺は言われるがままにそれに続いていた。


 レストランの入り口で数人の従業員が頭を下げてくる。

 これに対しても七星さんはやはり慣れた様子で対応しながら、席へと案内された。


 店の一番奥にある決して広くはない一室。けど二人には十分すぎる部屋。

 白のテーブルクロスの上には上品な黄色のテーブルフラワーが置かれ、俺と七星さんが座った席の前にはナイフやフォークが綺麗に並べられている。

 七星さんは早速綺麗に折られたテーブルナプキンを広げながら俺に訊いてくる。


「赤坂さんは苦手なものはありますか?」

「……いや、ないけど」

「よかったですっ」


 嬉しそうに微笑む七星さんの笑顔に思わず見惚れてしまう。

 なんていうか、本当にお嬢様なんだなー……って、違う違う違う!


「あの、七星さん」

「はい?」

「これはどういうことなのかな」

「どういうこと、ですか? 朝のお約束通り、お昼ご飯をご一緒にしようと……もしかして、やっぱりご迷惑でしたか?」

「そ、そういうことじゃなくて!」


 お願いだからそんな捨てられた子犬みたいな目で見つめてくるのはやめて欲しい。

 何も悪いことをしていないのに悪いことをした気分になる。


「俺はてっきり学校ですませるものだと思ってたから」

「なるほど、そういうことでしたか。……安心しました。わたしは普段、ここのレストランで昼食を済ませていますから。もし赤坂さんがお昼ご飯を用意されているのでしたらお誘いできませんでしたけど……」

「普段!?」


 俺が驚きの声を上げると、七星さんはきょとんとした。

 普段から、校門前にリムジンを手配して高級レストランの一室で昼食を摂っている……だと。


 そういえば確かに昼休みに七星さんの姿を学校で見かけないような。

 それはこういうことだったのか……。


 俺の想像を遥かに逸した金持ちぶりに圧倒される。

 というか、一時間の昼休みの内にレストランを往復するって大変だろ。


「学校でお弁当を食べるというのも憧れてはいるんですけど、用意ができなくて」


 高級レストランレベルのお弁当は用意できないとか、そういう話なんだろうか。

 俺が七星さんを質問攻めしている間に個室の扉が静かに開かれ、ウェイターが料理の載ったワゴンを押しながら現れた。


「失礼します。こちら、ニース風サラダでございます」


 慌てて七星さんと同じようにナプキンを広げ皿が目の前に置かれるのを見届ける。

 それとは別に、テーブルの脇には見るからに美味しそうなパンが盛られたバスケットも置かれた。

 ウェイターが退室してすぐ、俺は囁くように訊いた。


「もしかして、これってフレンチコースってやつなのかな」

「はいっ。本当はお昼ですし手軽にビュッフェの方がいいんですけど、少人数ですとどうしても難しくて。あ、でもフルコースより少し簡略化してもらっているので安心してください」

「いやいやいや、安心も何もこういうの食べる機会がなくて作法とかわからないんだけど」

「大丈夫です、ここにはわたししかいませんから」


 キラキラとした目でそう言われる。

 そういう問題じゃないんだけどな……。


 俺が困っていると、七星さんは少しだけ挑発するような笑みを浮かべた。


「それに、七星財閥の人脈を利用しようと考えているのでしたら、こういう食事をすることも増えると思います」

「……じゃあ今回は胸を借りようかな」

「いくらでもお貸ししますよ?」


 そう言って七星さんは嬉しそうに微笑む。

 今まで彼女が学校で笑っているところを一度たりとも見たことがなかったのに、昨日今日でたくさん見ている気がする。

 七星さんって結構笑うんだな。


「赤坂さん……?」

「い、いや、なんでもない! 確かフォークとかは外側のを使うんだったかな」

「そうです。食べ終えたらお皿の上に背を下に、刃を内側にして置いてください」

「勉強になります、先生」


 俺が冗談めかして言うと、七星さんは口元に手を当てて可笑しそうに笑ってくれた。

 少し楽しいと、そう思った。


 七星さんに続いてフォークを手に取り、サラダに意識を向ける。

 よくわからない葉っぱが数種類綺麗に盛られ、それを囲うように切られたゆで卵やミニトマト、ジャガイモなんかが載せられている。


 インド料理屋でカレーが入れられていそうな入れ物に入っているドレッシングを軽くかけて、フォークを突き刺した。


「……ぅまい」


 思わず声が漏れてしまった。

 シャキシャキとして甘みのある野菜が、その中に敷かれているツナの旨味を引き出している。

 合わせて食べることでサラダなのにちゃんとしたおかずを食べているような満足感が得られた。


 少し夢中になって食べていると、目の前でフォークと皿が重なる音が消えたことに気付いて意識を向ける。

 そこでは七星さんが手を止めて俺を見ていた。

 途端に恥ずかしくなった。


「……すまん、つい」

「ふふっ、お気になさらず。先ほども言った通り、ここにはわたしと赤坂さんしかいませんから」


 七星さんに見られるのが恥ずかしいんだけど。


 そういえば、こういう場では女性の食べる速度に合わせるのが余裕のある紳士の振る舞いという話を聞いたことがある。

 すでに俺の皿は殆どなくなりかけていて、七星さんの方はまだ全然残っている。

 まあ、俺が余裕もなければ紳士でもないってことなんだけど。


 俺が食べる速度を落とすと、七星さんはそれに気付いたような視線を送ってくる。

 たぶん、こういう場に慣れている彼女にはお見通しなんだろうなと思った。

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