2nd Game【究極の選択】-6
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俺とアゲハの勝負は、アゲハの先攻で始まった。
「あら、ごめんなさいね。このゲームって先攻が随分有利なのに」
自分の面が表を向いたサイコロに含み笑いして、アゲハが妖艶に笑う。
「いいよ、どっちでも俺が勝つから」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えて……」
アゲハは虚空のパネルを操作して、俺への二択を作問し始める。――先攻有利に気づいている時点で、油断ならない。最初にどのような二択を迫るかがこのゲームの肝要であり、同時にプレイヤーの色が出る部分でもあるだろう。
たとえば、『《実行》が"可能"ではあるが、"あまりに苦痛を伴うもの"』を強制することで、相手に実行を拒否させる戦法。拒否がシステム上認められているのはルールの文言から明らかな通り。咄嗟にでも『やめて』『無理』なんてワードを引き出させるような命令で、問答無用の『150』ダメージを与えられる。真琴なんかは躊躇いなくこれをやりそうだ。
俺がその手段を選ぶ気がないのは、決して優しいからでも日和っているからでもない。――俺の目線に気づき、くすり、とアゲハが微笑んだ。
この女には、それが効きそうにないからだ。どんな拷問じみた命令にも耐えてしまいそうな雰囲気がある。そういう手合いには、この戦法はカレーゴキブリの二択と大差ない。
「はい、決まったわ」
指を止めたアゲハの言葉尻が吐息混じりに吐き出された瞬間、俺の目の前に最初の問が展開された。――たとえどんなに苦痛を伴うものであろうと、俺は絶対にギブしない。耐え抜いてみせる。
『Q.どちらの一発芸がしたい?(一分以内に実行してね♡)』
「……は?」
一気に間の抜けた声が出て、力んだ脳がゆるゆるに弛緩した。その続きを読んで、ようやくアゲハの意図を理解する。
『A:自分の両肘先とアゴを合わせる 40
B:自分のペニスにキス 60』
――こいつ。
「くふふふふふふ……」
俺の表情がみるみる状況を理解していくにつれ、押し殺せない快哉がアゲハの唇から漏れる。
少し試みれば分かる。これら二つは、どちらも普通の人間にはできない。だが、『明らかに《実行》できない』命令かというと、そうは言えない。体が異常に柔らかい人間なら可能だろう。
俺にとってこの命令が可能かどうかは、知り合ったばかりのアゲハには分からない。つまり――『明らかに《実行》できない選択肢を入れてはならない』というルールを掻い潜って、この出題は成立する。
「ほぉら、早く選ばないと、時間がないよ♡」
耳元で囁くような甘い声を、振り払うように『A』を押した。アゲハの予想は――『A』。全てを見透かすような目に、呼吸が詰まる。
「これくらいの数差なら、君は裏をかいてAを選ぶと思った。あと、Bは選びにくいわよね♡」
一分以内に、肘の先に唇をつける。カウントダウンが始まると同時、果敢に試してはみたが、数秒足らずで理解する。これは絶対にできない。
――このままならば。
俺は右手で左上腕を握り――ためらいなく左肩の関節を外した。
ゴキ、と嫌な音がする。アゲハが目を剥いて、それからうっとりとその目をとろけさせた。椅子に座り、今度は垂らした右手を両太ももで挟み、右肩の関節も外す。
机の上を利用して、プラプラの両腕を外側に思い切り旋回し、どうにか両肘を合わせる。これがなかなか難しい。二十秒近くかけて、肘より先を外側に向けたまま、机の上で両肘を合わせることができた。
あとは勢いをつけて、そこにアゴをつける――
『回答側、《実行》完遂。吉乃遥に『60』ダメージ』
心臓に、釘を打たれるような激痛が一瞬走った。頭上に表示されたハート型のライフアイコンの数字が、『300』からガクッと削れて『240』に減る。
「ふう……どうにかできたな」
「あはははは! あなたって何者? ためらいなく関節外すなんて、お姉さんちょっと興奮しちゃった」
「多少武術の心得があるだけだ。自分のを外したことはなかったけど」
上気した顔で唇を舐める美女に取り合わず、俺は股の間に腕を挟んで片方ずつ関節を元通りにはめていった。両拳を握って、問題がないことを確認する。
「あぁん、ギリギリのラインを攻めるのも難しいわね」
アゲハの戦法は、『できそうでできない』という絶妙のラインを狙わなければならない。一分という時間制限も、もう少し短ければ『明らかに不可能』と判断されかねないギリギリの設定だった。
このラインを越えることをシステムが許容しない以上、次からの無理難題も機転と度胸でどうにかしてみせる。
「でも、気づいてる? あなた、今、"自分で自分のハードルを上げてしまったのよ"」
「……あぁ」
憎々しげに頷いた。この女――相当このゲームを"読めている"。
『《実行》が明らかに不可能』かどうかは、かなり主観的な判断になる。何より、それは"《実行》する人間によっていくらでもブレる"。
たとえば、『十秒で五十メートル走れ』というのは普通の人間には可能だが、足の不自由な人間には不可能だ。さらに言えば、"ゲーム開始時には可能でも、途中から不可能になる"ことも考えられる。
例として、俺がこれからアゲハに、『左右どちらかの足を切断しろ』と二択を迫ったとする。拒否しない場合、アゲハは確実にどちらかの足を失う。
そのうえで、次のターンに『五十メートルを十秒で走れ』という選択肢を入れた場合――間違いなく、『明らかに不可能』と判断される。ゲーム開始時、五体満足ならば可能だったことが、不可能に変わる。
それならば、当然逆もある。即ち――"ゲーム開始時には不可能だろうと判断されていたものも、『このプレイヤーならば可能だろう』と判断を改められる"ということ。
俺が関節を外してまでアゲハのお題を強引にクリアしたことで、ゲーム内での俺の評価が上がってしまった。次はさらなる無理難題も、「普通の人間には無理でも、吉乃遥なら『明らかに不可能とは言えない』」ということになる可能性がある。
そうやってラインを吊り上げられていけば、長く待たず、俺は《実行》をトチるだろう。そこまで見越していたなら、この女はバケモノだ。
「次は、もぉっと大変なお題を考えてるの。実行できるかしら?」
「――もう、その必要はない」
短く言い切って、俺はアゲハを真っ直ぐ見つめた。美しい顔が、かすかにかしげられる。
だから言ったんだ。このゲームは、つまらないと。
「――"たった今、俺の勝利は確定した"」
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