2nd Game【究極の選択】-4

 牧田の前で、真琴は順に服を脱いでいった。手早く、思い切りよく、次々と彼女の足元に服が落ちていく。その手つきの忙しなさは、まるで少しでも牧田を昂らせまいとするようだった。


 あっという間に生まれたままの姿となった真琴に、牧田は言葉を失った。触れるのをためらうほど、綺麗な体。闇色の床に座り込み、ちらりと顔を上げた少女と目が合った瞬間、牧田は真琴に飛びかかった。


 高揚のままに細腕を押さえつけ、組み伏せて――背筋が凍る。


 すぐ真下でこちらを見上げる少女の視線の、あまりの冷たさに。


 温度の消えた目。まるで、喋る汚物を見るような。じっと、そらさず、瞬き一つせず、人形のように牧田を見上げている。


 途端、魂が抜けて、少女に馬乗りになっている自分を、俯瞰して見下ろすような気分になった。なにか、とてつもなく醜いことをしている感覚に、そそり立つ気の高ぶりさえ萎みかける。


 どうにか持ち直し、その肢体を愉しもうと心がけるも、どこを触り、どこをいじろうと、少女の仮面は揺るがない。ただじっと、絶対零度の眼差しで、牧田を見つめ続ける。


「ば、バカだな、お前。たった『10』ポイントのためにカラダ売るなんて。それとも、初めてじゃないとか?」


 話しかけても反応しない。痺れを切らして、牧田は行為に及んだ。


 静寂の闇の中で、自分の息遣いだけが響く。どれほど激しく揺さぶられようと、真琴は顔色一つ変えずに、静かに軽蔑し続ける。疲れて鈍くなる牧田の動きに、いっそ失笑さえするような視線が浴びせられる。


 やめろ。そんな目で見るな。なんでもいいから反応してくれ。あまりに、虚しい。


『そこまでだな』


 つまらなそうなカミサマの宣告。牧田の気が済むまで続くはずだった真琴の《実行》は、結局十五分足らずで完遂判定が出た。



『小野寺真琴《実行》成功。牧田慧悟に『10』のダメージ』



 アナウンスと同時、牧田の胸に一瞬針で刺すような痛みが走った。牧田側の席上空に浮かび上がった、真ん中に『300』と表記されたハートのオブジェが赤く点滅し、その数字を『290』に減らす。


「救えないバカですね。貴重な先攻の攻撃権を、こんなくだらないことに使うなんて」


 真琴は恐ろしい速さで既にあらかた服を着終えていた。行為を終えても軽蔑の視線は変わらない。その光のない目に射抜かれると、胃の底が石を置かれたみたいに痛んで、思わず目をそらした。つい数分前、あの女をこの手に抱いていたことさえ、もう幻かなにかだったような気さえする。


「ハルさんだったら、もう少し面白い二択を出してくれただろうな〜」


「は、ハルさん? 誰?」


「口開かないでもらえますか。気づいてないのかもしれないけど、生ゴミみたいな臭いしますよ、口」


 細めた眼差しで両断され、一瞬でも口を噤んだ自分が情けない。奮い立たせて大きな態度を取る。


「ま、まだまだライフは互角だろうが! カラダ売ってまでしてたった『10』ぽっち稼いだくらいで、調子のんなよアバズレが!」


『攻守交代します。出題側、小野寺真琴。出題してください』


「はーい。えーっと、こーれーで、よし」


 ほんの数秒で、真琴の出題は牧田に届いた。「はっ、はやっ!?」焦る牧田の眼前に、ソレは展開する。



『この場で切断されるなら?

A:右腕 50

B:男根 50』



「……へ、へっ?」


「どーぞ、一分以内にお答えくださーい♡」


 今日一番の、天使のような笑顔だった。



 カウントダウンが始まる。規則的な電子音。「はーやーく。はーやーく」と、無感動に急かす少女の声。一瞬遅れて、未来を悟った体内の血液が暴れ出す。全身の穴から汗が噴き出して、勝手に奥歯がカタカタ鳴りはじめる。


「まっ、まっ、待って待って! カミサマ、この二択はおかしいって! 切断とか、そんないきなり……できないでしょ、普通! この部屋にはなんにもないのにさ! ほら、『明らかに《実行》が不可能なものは選択肢に入れられない』ってルールにも書いてあるって!」


「バカですねぇ、ホント。出題例に『カレー』や『ゴキブリ』がある時点で、この空間にないものでも出題すれば用意してもらえるって予想つきませんか? ですよね、カミサマー?」


『ケケケケケッ! そのとーり、切断するってんならちゃんと、こっちで刃物は用意してやるよ! 安心しろ、止血もしてやる。ゲーム続行できなくなっちゃいけねえからな!』


 じょ――冗談じゃない!


「ほら、あと二十秒ですよ」


 慌てて残り時間に目を走らせる。本当だ。やばい、やばいやばいやばい。心臓の音が口の中から聞こえる。


 右手か、ムスコか――バカかよ。選べるはずがない。どちらか一方を、自分から「切ってください」なんて。せめて誰か決めてくれ。


「なにウジウジしてるんですかー? 選択の自由は、あなたにあるんですよー?」


 爆炎のような苛立ちが脳神経を焼いた。心に決めた。このあと、絶対にあの女にも同じ二択を迫ってやると。その炎が、辛うじて牧田に勇気を奮い起こさせた。


「え……『A』だ……ッ!!」


『選択完了。回答側『A』。出題側予想『A』。《実行》完遂後、牧田慧悟に『50』ダメージが入ります』


「はぁ。裏をかいて『B』を選ぶ度胸もないんですか。まぁ織り込み済みですけど」


 滝のように汗をかきながら、牧田は椅子から転がり落ちた。――バルルルルルルゥンッ、と、そのとき空気が震えた。


 顔を上げれば、唸りを上げる、チェーンソー。


『ケケケケケッ、牧田、さっさと右手を出しな。ケケケケケケケケケケケケケケケッ!!!』


 猛烈に駆動するチェーンソーを担いで、この世のものとは思えないほど、邪悪に笑うカミサマ。


「ちょっ、待っ……!?」


 本能で逃げかけた牧田は、不自然に足を取られてその場に転んだ。振り返って戦慄する。第一ステージで敗者を八つ裂きにした闇色の触手が、床から生えて両手両足に巻き付き、拘束しているのだ。


 動けない。うつ伏せで藻掻く牧田の背後で、爆速で駆ける刃の唸り声が降り注ぐ。もう悲鳴も上がらない。いつ、その刃が落ちてくるのか、予想もつかない。


『いくぜぇ、歯ぁ食いしばれ!』


「ま、待って待って待って待って!! 心の準備が!!  無理無理無理無理やっぱ無理、絶対無理だって、やめろ、お前カミサマだろ!? やめろおおおおおおおお!!」


『あ、わかった。じゃあやめるわ』


 無我夢中で叫んでいたら、あっさりとカミサマは矛先を収めて、チェーンソーの悲鳴が止んだ。


「……へ……?」


『回答側、《実行》を拒否。ペナルティにより、牧田慧悟に『150』のダメージが入ります』


「………………あ……――」


 触手から開放され、その場にへたり込んだ牧田は、遅れて状況を理解した。


 ぼやける視界の先、真琴が失笑するのが見えた。


「『実行を拒否した場合、ペナルティー』――つまり実行を"拒否できてしまう"システムであること、頭から飛んでいましたか? たとえ咄嗟に口をついてでも、『無理』とか『やめて』とか言わない方がいいですよ」


 やられた――本能的に、そんな言葉が口をついて出るような二択を、真琴は出題したのだ。


 次のターン、せめてもの意趣返しとばかりに、牧田は右足か左足の切断を真琴に迫った。真琴は即決で右足を選択。心を読んだように牧田の予想を外し、牧田に『50』ダメージを追い打ちした。


 驚愕すべきはその直後。右太ももの付け根をチェーンソーの凶刃が削り切るのを、真琴は制服の袖を噛んで、ついに無言で乗り切った。


「ど……どうかしてるよ、お前……」


 闇の触手が外科医の手のように高速で動き、包帯で患部を止血している様子を直視できず、足元を見つめながら牧田は絞り出した。


 太ももから先を失い、その断面にキツく巻き付けられた包帯を既に深紅に染めた真琴は、顔を蒼白に歪めながらもなお、涙を浮かべたその目には、漲らんばかりの戦意が光っている。


「……『《実行》によって生じた心身のあらゆる状態は、ゲーム終了まで継続する』――つまり、ゲームが終われば足は元に戻るわけです。痛みさえやり過ごせばいいんですから、安いものでしょう」


 息も絶え絶えに言ってのける。――イカれている、と思った。思考回路、肝の座り方が、普通の女子高生ではあり得ない。いったいどんな生い立ちを経れば、こんな人間が生まれる。


「さて……次はあなたの番ですよ。今度は切り落とすなんて生易しいことはしません。右腕か、左腕、どちらかがすり減ってなくなるまで"電動ヤスリ"で削ります。……耐えられそうにないなら、中途半端に指が短くなる前に、早く拒否してくださいね」


 光のない目が、死神のように牧田を射抜く。


 あぁ。今なら分かる。自分がどれほど無駄な一ターンを過ごしたのか。


 そして、今ならこうも思う。最後にこんな化物を抱けて、俺は幸せだったと。



 牧田は次の実行を拒否した。結果、300対0――その満身創痍とは裏腹に、小野寺真琴は無傷の第三ステージ進出を決めた。



「こんなザコなら、抱かれてやるんじゃなかったですね。はーあ、"つまんない"ゲームだった」


 四散した肉塊を一瞥して、真琴は小さく震える体を抱いた。

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