2nd Game【究極の選択】-2
……なるほど。
ルールを精読し、一つ息を吐いた俺は、率直に感想を呟いた。
「つまんねーゲームだな」
「――面白いゲームね」
俺の言葉と重なるようにして、甘い女の声が響いた。
闇に浮かぶ長いテーブルの、向こう側からだった。対岸の椅子に、深紅のドレスを身にまとった女が座っている。いつの間に――水気のある双眸が、チラリと俺を捉える。ゾッとするほどの美女だった。二十代半ばくらいだろうか。顔立ちは若いが、滴るような色気のせいで実年齢が計れない。闇に映える、露出した肩と胸元の白。その一点、左の首筋と鎖骨の間あたりで、赤紫の蝶が舞っていた。
「あんたが、対戦相手か」
「そうみたいね。こんなに可愛い男の子が相手なんて嬉しいわ」
くすっと妖艶に微笑む女にならい、俺も深く椅子に腰かけた。
「自己紹介しておかない? せっかく一戦、二人きりで楽しむんだし」
「楽しむ?」
こんな悪趣味なゲームを楽しめるほど、俺の嗜好は終わっていない。眉を寄せた俺に紅い唇を伸ばして、美女は笑う。さぞ楽しげに。
「そうよ。ルールは読んだでしょう。このゲーム、ようは相手に二択のどちらかを強制できるってこと。どんな命令だって従わせられちゃうのよ。ゾクゾクしない? ねぇ、君はワタシに、どんな命令をしたい?」
テーブルに身を乗り出して、女はその細長い指で、自分の首筋から胸元までをそっと撫でた。指の腹が柔らかい肌に沈むのを、無感動に眺めて言う。
「悪いけど、色仕掛けなら他でやってくれ。俺は勝つための行動しかしない」
「あら、残念。無理やり言うこと聞かせられるのも、ワタシ嫌いじゃないのよ」
「さっさと始めよう」
「つれないのね。ワタシのことはアゲハって呼んで。源氏名だけど」
ウィンクして首筋のタトゥーを示す女に、俺は短く「吉乃」とだけ名乗った。源氏名……夜の職種か? 俺にはよく分からない世界だ。
『ケケケケケッ!! 互いに準備はオッケーみたいだな? じゃあ――ゲーム開始だ!』
向かい合う俺たちのちょうど中央、テーブルの上空でディーラーを気取るカミサマが、高らかにそう宣言した。
✳✳✳
「あーあ、対戦相手、ハルさんじゃないのかー。ざーんねん」
同時刻、別空間。同じくテーブルについていた小野寺真琴は、現れた対戦相手に全く落胆を隠さなかった。
対戦相手は、派手なトラ柄のパーカーを着たチンピラ風の青年だった。歳はまだ若い。傷んだ明るい茶髪を神経質そうにいじりながら、真琴の姿に気づくなりその三白眼を丸くした。
「なんだ? 女子高生じゃん。あぁ、さっきのゲームの四人組。そうか、生き残れたんだ、よかったね」
真琴を見るや、侮るように声が甘くなる。真琴にとっては好都合でしかないが、腹が立たないと言えば嘘になる。だからこそ、初見から侮り、利用しようと近づいてきた吉乃を殺したくなったのだ。
「小野寺真琴です、よろしくお願いしますっ♡」
小首をかしげてにっこり笑いかけると、男も「いやぁ、やりにくいなー、こりゃ」とわざとらしく肩をすくめる。
「オレは牧田。よろしく、真琴ちゃん」
「はいっ。お手柔らかに」
『ケケケケケッ! 二人とも準備はいいみたいだな!? それじゃ、ゲーム開始だ!』
カミサマの音頭で、闇色の世界に稲光が走った。テーブルの中央で火花が炸裂し、中空に何かが出現する。
ゆるやかに旋回する、大きなサイコロだった。六面のそれぞれ三面ずつに、真琴と牧田、二人の顔をデフォルメしたらしい二頭身キャラのイラストが描かれている。
『先攻後攻を決めるぜ! サイコロに選ばれたやつが先攻、つまり最初の《出題側》だ!』
このゲームは、《出題側》と《回答側》に交互に分かれて行う。どちらの立場でもライフにダメージを受ける可能性がある以上、先攻後攻によるあからさまな有利不利はないように思える。
だが、真琴は気づいていた。このゲームは先攻が圧倒的に有利。だからこそサイコロによる無作為抽選。ここで先攻を引き当てられれば、ぐっと楽に勝てる。
重力を思い出したように落下したサイコロが、テーブルの上を跳ねて、転がり、ぐらぐら揺れながら、ついに停止した。サイコロの上面は、茶髪の男のイラスト――真琴は、後攻だ。
『先攻:牧田
ルール確認画面と同じ意匠のディスプレイが、テーブルの中央に展開した。
「おぉー、オレが先攻か。えぇー、どうしよっかなぁ。……ははっ、そんなに怖がらなくてもいいよ。キミみたいな子に、いきなりキツい二択なんて迫らないから」
テーブルの向こうで、牧田は人懐っこい笑顔を浮かべた。それから、何やら思案顔で、牧田は目の前の二次元ディスプレイを指で操作し始めた。真琴の側からは、牧田のディスプレイは紫一色の背面が見えるのみで、何を書いているのかは判別できない。
『出題側、準備完了。回答側は一分以内にどちらか一方を選択してください』
沈黙の中をじっと待つこと十分弱。そのアナウンスがテーブル中央に表示された瞬間、真琴の目の前に、一際大きなディスプレイが出現した。
随分待たせるな――苛立ち混じりにパネルへ目を這わせ、ぐっと息が詰まった。
『これから実行するならどっち?
A:オレの気が済むまでオレとセックス 10
B:下着姿になる 90』
パネルの向こう側。欲望に醜く顔を歪めた牧田が、舌なめずりして真琴の選択を待っている。
ピッ、ピッ、と不快な電子音が、規則的に時を刻み始める。見上げればテーブルの上空で、デジタル表記の時計が一分間のカウントダウンを始めていた。
『さぁ、回答側は一分以内にどちらかを選べよ!? ただパネルに触れさえすれば、選択完了だ。出題側は既に、お前がどちらを選ぶか予想してる、どっちを選んだっていいんだぜ? 好きな方を選びな、選択の自由は、お前にあるんだからな!』
全く、ふざけたことを言う神だ。一体これのどこが、選択の自由なのか。
こんなの、片方しか選びようがないじゃないか。
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