1st Game【見えざる切札】-2

 このゲームには、攻略法がある。


 簡単だ。誰かに自分のカードを教えてもらえばいい。


「ねぇ、俺の数字、なんて書いてある?」


「えっ、教えていいんですか!?」


「ルールには禁止されていない。ちなみに君の数字は『10』だよ」


 本当のことを教えたのは、彼女の数字の場合、嘘をつくメリットがあまりないからだ。


 たとえば彼女のカードがもっと弱い数字であれば、嘘の強い数字を教えることで、今後俺と勝負してもらえる可能性を高めることができる。


 だが彼女のカードは『10』。ジョーカー以外の全ての数字に勝てる、強力なカードだ。この場合、『ブタ』と信じ込ませてジョーカーと戦わせれば、彼女を敗北させることはできるが……彼女が負けたところで俺にとってなんのメリットにもならない。


 プレイヤーは百人もいる。彼女との協力関係が得られなくても、俺は彼女から逃げて他の協力者を探せばいい。つまり、本当の数字を彼女に教えても、彼女が得をするだけで、俺は損をしないのだ。


 ならば誠実に本当の数字を教えてやるのが無難。なまじ嘘をついて、他のプレイヤーとの絡みで俺の嘘がバレる方が面倒だ。信頼関係にかかわる。彼女の信頼を勝ち取ることができれば、第二ゲーム以降も手を借りられるかもしれない。


「ほらね、教えてもなんともない。君も教えてくれないか」


「え、えーっと……『9』です」


「嘘だよね」


「な、なんで分かったんですか!?」


「見えてる数字をただ言うにしては間があきすぎだし、目が泳ぎすぎ」


「あぅ……すみません、ついとっさに」


 やっぱりこの女は使える。めちゃくちゃ分かりやすい。情報というのは、嘘であっても価値があるのだ。嘘だと確定した時点で、俺の数字は今、少なくとも『9』ではないと分かった。


「ごめんごめん、無理に教えてくれなくてもいいよ。でも、このゲームは協力者を見つけるのが攻略の必須条件だと思う」


「そ、そうですよね……じゃないと、ジョーカーじゃないことを祈ってブタの人に勝負を挑むしかないですもんね……」


「そうだね。でも、それも最終手段だ。見て」


 俺に示されて、少女は周りを見渡した。


 先ほどの喧騒が嘘のように、広間は静まり返っていた。みんな三々五々部屋のあちこちに散らばり、距離を取りながら、キョロキョロと慎重に周りの出方を伺っている。見たところ人数も減っていない。まだ誰一人として、勝負を始めていないのだ。


「ブタを見つけても、万が一、自分がジョーカーだったら? 負ける可能性がある以上、ノーヒントで勝負を挑む勇気は出ないだろう。ただでさえ、命がかかってるんだから」


「序盤は膠着こうちゃく状態……ですね」


 少女は改めて俺に向き直ると、俺の手を両手で包み込むように握った。


「分かりました。私、お兄さんの協力者になります。こうやって状況を整理して教えてくださっているし、信頼できると判断しました。お礼に私、今度こそお兄さんの本当の文字、正直に教えます!」


「ほんと?」純朴な笑顔を装って、俺はしたり顔を浮かべた。


「はい! お兄さんのカードは『6』ですよ! 今度こそ絶対に間違いありません! この目を見てください!」


 確かに、嘘をついている感じはしない。心配になるほど馬鹿な女の子だな……。でも、彼女のカードは『10』。勝負するには分の悪い相手だ。


「ありがとう。一緒に頑張ろうね。君、名前は?」


真琴まことです。小野寺おのでら真琴、十五歳です。あの……お兄さんの名前は?」


吉乃よしの はるか。今年で十八歳。ハルでいいよ」


「はい、ハルさん! よろしくお願いします!」


 笑顔で俺を見上げる真琴に、子犬の耳と尻尾が見えるようだった。なんだか少し、癒やされる。殺伐とした空気が和むような――


「おい、兄ちゃん」


 唐突に背後から、軽薄な声が投げかけられた。振り返れば、先ほどの縦縞スーツの男だ。色素の薄いサングラスに透けた鋭い眼差しが、俺を冷たく見下ろしている。


「……なんですか?」


「勝負しねえか、オレと」


 ドクン、と心臓が激しく鼓動した。


 男のひたいに浮かぶカードは……『5』。待て、待て待て、そんな数字で、なぜそんな強気に勝負を挑める!?


「ハルさん、チャンスですよ! あの人との勝負なら、ハルさんが勝ちます!」


「……なぜ俺なんです。そんなに弱いですか? 俺のカードは」


「いいから答えろよ。やるのか、やらねえのか」


 ポケットに手を突っ込んだまま、男は無表情で凄む。分からない。勝負は一回きり、引き分け以下なら死ぬんだぞ。これほど強気になれる理由があるとしたら――それは、ただ一つ。


 男はなんらかの手段で、自分のカードを確信している。つまり俺のカードは、男の『5』よりも弱い……?


 真琴が教えてくれた『6』という数字を、完全に鵜呑みにしていたわけではない。それでも、揺らぐ。一気に頭が真っ白になる。


 どちらにせよ、今は勝負を避けたい。だが断れば、俺が真琴の言葉を疑っていると、真琴本人にぶっちゃけるようなものだ。せっかく協力者を勝ち取ったのに……。


「……それより、協力しませんか」


 必死に頭を回してひねり出した言葉が、それだった。


「協力?」


「えぇ。このゲームは協力者が多い方がいい。たとえば、俺とこの子は今互いに相手の数字を教えましたが、どんなに信頼の置ける相手でも、たった一人の情報を鵜呑みにするのは危険です。そうだな……あなたともうひとり、四人くらいで集まって、メンバーの数字を一人ずつ、全員で声を揃えて教えてやるのはどうでしょう。複数が同じ嘘をつくのは難しい。確実に互いの数字が分かります」


 我ながら妙案だと思った。この男との勝負を避けつつ、真琴の信頼も傷つけず、分からなくなってしまった自分の数字についてもう一度確かめられる。


「……お前、ベンキョーできるだろ」


「え?」


「そういうやつはな、このゲーム、向いてねえんだよ」


 どういうことだ。男が何を言っているのか、さっぱり分からない。


「勝負しねえんなら、用はねえ。気が変わったらいつでも声かけな」


 男は去っていった。呆然とその背中を見送る俺に、真琴が膨れた顔で詰め寄る。


「どうして勝負しなかったんですか!? 勝てたのに!」


「いや、ごめん……いざとなるとビビっちゃって……」


 素直に謝ると、真琴は意外げに目を丸くした。


「ハルさんでも怖いものなんですか」


「当たり前だよ、俺をなんだと思ってるんだ。普通の男子高校生だぞ」


「そっか……そうですよね。ふふ」


 なにが嬉しいのか、真琴は口元をおさえて笑っている。


「じゃあ、他の協力者を探しに行こう」


 歩き出した俺を、真琴は「はい!」と元気よく返事してから追いかけてきた。

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