1st Game【見えざる切札】-3

 かくして俺と真琴は、協力してくれる人間を探し歩いた。それは思いの外すぐに見つかった。真琴が笑顔で話しかけると、大抵の人間はどうしても警戒心を抱きにくいらしい。


 広間の隅でオドオドしていた中年の男、田村と、大学生らしき青山という男だ。俺たちが子どもということもあってか、二人もそう過剰に警戒せず、最終的に俺の話にのってくれた。


「要するに、三人がいっせーのーで、一人の数字を言えばいいんだな? 頭いーねーコーコーセー」と青山。


「じゃ、じゃあ、まずはボクのを教えてよ、みんな……!」と田村がどもりながら手を挙げる。まぁ、順番はなんでもいいだろう。


 田村のカードは『1』だった。


「せーのっ」


「『1』」と、三人の声がキレイに重なる。田村は一瞬明るくなった顔を、すぐに悲壮に青くした。


「『1』って……ホント……!? やばいやばい、ブタにしか勝てないよ! 死にたくない死にたくない死にたくない!」


 俺にすがりつく田村を「落ち着いて」となだめるが、あごをガタガタ言わせて震える田村を落ち着かせるのは一苦労だった。


「大丈夫ですって! 自分の数字が確定した時点で、かなり有利なんですから!」


「だ、だったら助けてよ! ボク死にたくないんだよ!」


「だから大丈夫って……痛い痛い、引っ張んなって!」


 尋常じゃない顔つきで掴みかかる田村に、さしもの俺も多少ゾッとさせられた。このまま俺を絞め殺しかねない勢いの田村の腕を、華奢な手が掴んだ。


「田村さん、落ち着いて? 大丈夫だよ。ここにいるみんな仲間なんだから、怖くないよ」


 真琴だった。純粋無垢な天使の顔に微笑まれて、田村の目つきから毒が抜けていく。俺は伸びた襟元を払いながら、面白くない気分で毒づいた。なんだよ、随分態度が違うじゃないか。


「ここは私に任せてください」


「あぁ……ありがとう」


 にっこり微笑む真琴に、今は素直に礼を言う。バカ正直すぎる彼女は相棒として一長一短だが、彼女の裏表のない雰囲気は、殺伐とした人間の心を無条件に癒やす。かくいう俺もその一人だし、こうやって、他のプレイヤーを仲間に引き込む上で、真琴の存在は心強い。


 たった数十秒、うずくまった田村の背中をさすりながら真琴が優しくいくつか言葉をかけるだけで、田村は元気を取り戻した。それを一歩引いて、俺と青山は並んで見守っていた。


「めっちゃ可愛いね、あの子。付き合ってんの?」


「まさか、さっき知り合ったばかりですよ」


「じゃあ狙ってんだ?」


 青山はニヤッと下品に笑った。こちらはまた随分と、この状況に似合わないくらい呑気な男だ。


「俺はゲームに勝ちに来たんです」


「そりゃそうだよな、ごめん。……てかさ」


 青山はふと、目つきを鋭くして自分の長い前髪を親指で示した。


「俺のカード、なに?」


「……このあと声を揃えて聞くんだから、いいでしょ」


「その前に、聞いときたいんだよ。損はないだろ」


 意外と抜かりない男だ。既にチェックしていたが、改めて男のカードを確認する。


 青山のカードに、数字は書かれていなかった。目元にド派手な化粧を施した、禍々しい道化師ピエロのイラスト――ジョーカー。


「……ジョーカー」


「うっそ、マジで?」


「嘘をつく理由がないだろ」


 なんとなく、この男に敬語を使いたくなくなった。青山はニヤッと笑って、「サンキューな吉乃クン。このゲームは俺楽勝だわ」と肩を組んできた。


「礼はいいから、俺の数字も教えろよ」


「もちろんいーよ。『6』だよ、吉乃クン。悪くない数字だね、俺ほどじゃないけど!」


 うぜー……。


 だが、これで確定した。俺の数字は『6』。真琴の言葉はやはり正しかったことになる。それを確認できただけでも、かなりホッとした。


 真琴に慰められた田村が、彼女に支えられてデレデレしながら帰ってきた。仕切り直して全員の数字を確認する。俺は『6』、真琴が『10』、青山が『ジョーカー』。全員の声は最後まで一致した。


 当然だ。この状況で嘘をついても、他の二人によってあっさり看破される。これは自分たちの数字を確実に確認できる完璧な作戦。


 ほとんどのプレイヤーが動かず、慎重に様子を見ている中で、輪になって仲良く声を揃えている俺達四人グループはいかにも目立った。一組だけゲーム攻略に着々と近づいていく俺たちの周りには、いつのまにか人だかりができていた。


「なんか、すっごく見られてます……」


「まっ、真琴ちゃんが可愛いからだよ! デュフフ……」


「さって、これからどうするー?」


 余裕綽々に伸びをする青山に、そんなの決まってる、と返そうとしたときだった。


 全員の数字が確定したこの瞬間、俺は、スーツ男の言葉の意味にようやく気づいた。


「……そう、か」


 馬鹿だった。思わずその場にうずくまりたくなる。自分の数字を確認したところで、まったく有利になんてならないじゃないか。


 いや、むしろ――


「なんですか、ハルさん……?」


 不安そうに俺を見上げる真琴と、青山たち二人に、俺はもうどんな顔をしていいかさえ分からなかった。血の気が引いていく。震える唇で、泣きそうなのをどうにかこらえて、やっと一言絞り出す。


「やばいかも、しれない……」


「は? なにが。百人のプレイヤーの中で、俺達だけが自分のカードを確認できたんだぜ。もう勝ったようなもんじゃん」


 俺は首を振って、憔悴しきった目を泳がせる。ちょうど人だかりの中にいた、スーツの男と目があった。男はつまらなそうに、俺から目をそらす。


 あぁ……あんたの言うとおりだったよ。このゲームは、俺に向いていなかった。


「なにがまずいんだよ、意味わかんねー」


「……そう思うなら、試しに周りの誰かに勝負を挑んでみればいい」


「言われなくてもそうさせてもらうぜ。さっさと終わらせたいからな、こんなヌルゲー」


 青山は俺たちの輪から外れて、ギャラリーの一人に近寄っていった。「ひいっ!?」と明らかに周辺の人間たちが距離を取る。


「あんた、俺と勝負しようぜ」青山が声をかけたのは、『9』のカードを持つ中年の男。


「はぁ!? い、嫌に決まってんだろ! あっちいけよ!」


「あ……? チッ、分かった、じゃあいいよ、あんたでいい。……って、おい、逃げんな! お前だ! お前でもいい! あぁ……くそ、誰でもいいから俺と勝負しろ!」


 絶叫むなしく、青山に近づかれたプレイヤーたちはみな、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


「……もう、分かっただろ」


 ぽつんと一人、息を切らして膝に手をついている青山に、俺は青い顔で声をかけた。


「俺たちは自分のカードを"知ってしまった"。そしてそのことを、この部屋にいる全員に"知られてしまった"。……自分のカードを知る俺たちは、確実に勝てる相手に勝負を挑む。つまり、相手からしたら、俺たち四人に挑まれた勝負に乗ったら絶対に負けるってことだ。……もう誰も、俺たちの声に足を止めてなんかくれない」


 終わった――視界に幕が降りていく。俺は負けた。策を弄して策に溺れた。


 このゲームの肝は、自分の数字を確認できないことではなかった。最大の肝は、『双方合意の上でのみ勝負が成立する』というルール。いかにして相手に勝負を"受けさせるか"、それが肝要だったのだ。


 自分の数字を確認できれば勝ちだと思っていた。逆だ。自分の数字だけは、知ってはならなかった。少なくとも、自分の数字を知ったという事実を、誰かに知られることだけは絶対に避けなければならなかった。


 立て直せる瞬間は一度だけあった。スーツ男に勝負を挑まれたとき、真琴を信じて勝負を受けていれば……俺は、勝っていた。彼女を疑ったばかりに、俺は負けたのだ。真琴も、俺の作戦に乗ってくれた二人も道連れにして。


 精神が、音を立てて崩れる。呆然と立ちすくむ俺の頬骨が、突如猛烈な熱を帯びた。


「クソがぁッ!! やってくれやがったな、吉乃ォ!!」


 俺を殴り飛ばした青山は、血走った目で俺に馬乗りになり、なおも激しく左右の拳で俺を殴った。蒼白な顔面に宿るただならぬ憎悪。俺は抵抗せず、ただ痛みを受け入れた。


「や……やめてください!! ハルさんは私たちを助けようとして……! 私たち四人で助け合わなきゃ、本当に全員負けちゃいますよ!!」


「じゃあお前がぁ!! 俺と勝負してくれよ!! お前は『10』、俺は『ジョーカー』、俺のために死んでくれんのかよお前はァ!!?」


 助けに入った真琴の襟首を掴んで絞め上げ、青山は唾を撒き散らす。真琴は可憐な顔を悲壮に固めて、唇を引き結んだ。


「……やめろ」


 真琴を絞めあげている手首を掴むと、「あぁ!?」と激昂する青山を、腫れ上がった顔で睨む。


「巻き込んでしまったことは、本当に悪かった。でも、真琴は関係ない……全部俺が一人で提案したことだ。手を離してくれ」


「誰がお前の言うことなんか……イッ!!?」


 青山の手首を掴む右手に全霊の力を込めて、今一度言う。


「手を離してくれ」


「わ、わかったわかった!」


 パッと真琴から手を離すと同時、俺も青山を解放した。立ち上がって俺から距離を取った青山の手首に、くっきり赤いあざが残っている。


「クソが……なんつー馬鹿力してんだよ……!」


 手首をおさえて、青山は俺たちに背を向け、どこかへ歩いていこうとする。


「どこに行くんだ?」


「ここにいても埒が明かねえだろうが! 他の奴らだって対戦相手が欲しくて焦ってる! 声かけ続けりゃ、一人くらい勝負してくれるやつがいるに決まってる!」


 無駄な足掻きだ。青山だって分かっているはず。それでも、打ちひしがれることしかできないでいた俺たちには、青山の無謀ささえ眩しく見えた。


 俺と真琴はのろのろと立ち上がると、顔を見合わせて青山の後を追った。「ひ、一人にしないでくれよぉ……!」と遅れて田村が半泣きで立ち上がり、俺たちを追いかけてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る