1st Game【見えざる切札】-1
俺の、誕生日だったんだ。
両親と妹は、俺へのプレゼントと誕生日ケーキを受け取りに、車で街に出かけていた。俺は学校にいて、もちろん、そんなこと全く知らなかった。気づけていたら、「そんなのいいのに」って、止めていたはずなのに。
警察から連絡が入った。病院に駆けつけたとき、両親は既にこの世になかった。妹は丸一日以上頑張った。それでも、もう一度だけでも、目を開けてはくれなかった。
飲酒運転のトラックの、正面衝突だった。殺してやろうと思ったのに、あっさり捕まって刑務所に入りやがった。「気が動転していた」「すぐに戻るつもりだった」男の並べる気色悪い言い訳のすべてが毒みたいに体を巡った。
俺のこの気持ちを綺麗サッパリ消すために、お前はいったい何回死ねばいい。
✳✳✳
「……あの、大丈夫ですか」
少女の声に、ハッと我に返った。勝手に上がっていた口角を手で隠して隣を見ると、怯えた顔で少女が俺を見上げている。
「あぁ、ごめん、ちょっと、嬉しくて」
「嬉しい……?」
「だって、ホントにいたから。カミサマ」
少女は眉をひそめて曖昧に愛想笑いした。同意は得られなかったようだ。この子だって、雲をつかむような話を信じてここに来る手順を踏んだんだろうに。
『よぉーし、それじゃ、早速最初のゲームを始めようか! 全員、注目!!』
カミサマが短い手を振ると、虚空にボフンと煙が咲いて、宙に浮かぶ巨大なスロットマシーンが現れた。
ドクロに刃物、禍々しい装飾の施されたスロットマシーンのレバーを掴み、『そらぁっ!!』とカミサマが勢いよく叩き下ろすと、ダララララララ――と派手な音響を撒き散らしながらスロットマシーンが猛烈に回転する。
スロットと言いつつ、回っているパネルは横長の一つのみ。ガチャン! と音を上げて停止したスロットマシーンの文字列が、花火とともに飛び出す。
『1stGame!
静まり返る群衆の中央で一人、大盛り上がりのカミサマがヘドバンの末に拳を突き上げた。
『……ゲホッ、ゲホッ! ……オレ様はちょっと、喋るのがだるくなっちまったから、カス共、説明書を見て勝手に覚えろ!』
自分の首(?)をおさえて涙目のカミサマが掠れた声で指を鳴らすと、俺たちの目の前に、突如半透明の二次元ディスプレイが出現した。広間が喧騒に包まれる。
薄紫に白抜き文字の悪趣味なデザイン。スマホ画面のように縦長で、指で触れると上から下にスクロールできる。俺たちはしばらく、真剣な表情でルールを精読した。
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1stGame【
《基本情報》
・プレイヤー人数:百名
・制限時間:六十分
《ルール》
①プレイヤーのひたいに『1』から『10』、『ブタ』『JOKER』の十二種類のカードがランダムに浮かび上がる。
②他プレイヤーのカードは見えるが、どのような手段を用いても自分のカードを確認することはできない。
③両者合意の上で「勝負」と発声すれば対戦が成立する。数字が大きいプレイヤーが勝利。小さいプレイヤーが敗北。『あいこ』だった場合、両者敗北となる。一勝した時点でゲームクリアとなる。
④JOKERはすべての数字に勝てるが、唯一、ブタには勝てない。ブタが勝てるのは唯一JOKERだけである。
⑤制限時間を超えても勝負を開始していなかった場合、最も近くにいたプレイヤー同士が強制的に勝負を開始する。
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『サルでも分かる簡単なルールだろ!? それじゃ早速、ゲームスタートだ!!』
「えっ!? 早い早い、ちょっと待っ……!?」
少女が泡を食って叫ぶのも構わず、カミサマはゲームの火蓋を切って落とした。途端、広間中がまばゆい光りに包まれる。
光がおさまったとき、俺と少女は、互いに互いのひたいを見つめていた。
少女の切り揃えられた前髪の上に、くっつくように浮遊している、トランプ大のカード。――『10』、大きくそう書いてある。
見渡せば他のプレイヤーのひたいにも、全員に同様のカードが貼り付いていた。反射的に自分のひたいに触れるが、なにもない。同じ行動を取った少女の手も、ひたいのカードをホログラムのように通過した。
『そらそらっ、時間は限られてるぞ!? 悠長にしてていいのかぁ!?』
カミサマの隣に現れた巨大な砂時計が、ひっくり返ってサラサラと砂を落とし始める。制限時間は六十分……。この砂が全て落ちると、対戦相手が強制的に決まってしまう。
わああああ、と一気に広間が殺伐とした。闇雲に走り回り始めた数名のせいで場はカオスに。誰かと誰かがぶつかって怒声が飛んだ。俺はとっさに少女の手を引いて、人混みをかき分けて広間の壁際に逃げ込んだ。
「はぁっ、はぁっ、もうっ、私まだ、ルール全部読んでないのに!」
壁に背をつけてずりずりとへたりこんだ少女が、半泣きで頭を抱える。先程のルール確認画面は、もう消えてしまっていた。
「ルール確認」
呟いた俺の声に呼応して、目の前の空間に再びあの画面が呼び出された。それを見た少女はあ然と口を開ける。
「今の、どうやったんですか!?」
「いや、ものは試しとやってみたらいけた……『ルール確認』って言っただけだよ」
「すごいです!! 『ルール確認』! きゃあっ、出たぁ!」
目を輝かせて自分のルールブックにかじりつく少女に苦笑する。俺が三周読んで完全にルールを把握するくらいには、カミサマは十分な時間を取っていたはずだが……よほど一字一句熟読していたのか、理解に時間がかかっていたのか。
「そんなに複雑なルールじゃない、ほとんどインディアンポーカーだよ」
「インディアン、ポーカー……? インドのポーカーですか?」
「いや、確かおでこにカードを当てる姿が、インディアンの羽飾りに似てるからって由来じゃなかったかな」
「すごい、詳しいですね!」
少女が曇りない尊敬の眼差しを向けてくるが、このゲームに参加するために、世界中のゲームを予め勉強していた成果に過ぎない。あまり誇れることではなかった。
インディアンポーカー。トランプを一人一枚ひたいに当て、自分のカードは見えず、相手のカードが見える状態で、勝負するか、降りるかを判断するシンプルなゲーム。
この【
まず、プレイヤーが五十二名を超えている点。トランプの特性上、数字は『1』から『13』までが四枚ずつ、最大で五十二枚。それを越えた人数でインディアンポーカーはできない。
このゲームは十二種類のカードでプレイヤーが百人。間違いなく同じカードを持っているプレイヤーが複数いる計算になる。全員を一列に並べてカードの種類を書き出しでもすれば、ほぼ正確な数字分布が分かるだろうが……。
次に、『チェンジ』ができない点。インディアンポーカーはポーカーと名のつく通り、自分のカードが弱いと思ったら『チェンジ』ができる。しかし、このゲームはできない。
最後に。負けると思えば降りればいいインディアンポーカーと違い、このゲームでは必ず"最後には誰かと勝負をしなければならない"。
つまり、今俺のひたいにくっついているらしい未知の数字が、このゲームが終わる六十分間の最後まで、切っても切れない俺の相棒。どんな数字でも、唯一の武器であり――切札。このカードで確実に勝てる相手を九十九人の中から見つけ出さなければならない。
「なかなかに難易度の高いゲームだな」
「えぇっ!? さっき複雑じゃないって言ったじゃないですか!?」
少女が泣きそうな顔をする。
「安心しろ。今のところ、俺たちは他の誰よりも有利だ」
「え?」
無垢な顔で小首をかしげる少女の、握ったままだった手を軽く掲げて見せた。
「互いに、
悪いけど――君のこと、利用させてもらう。
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