第32話 ヨワネハキ☆

 目を覚ませばベッドの上だった。

 それも保健室ではなく俺のベッド。そのせいであの日の出来事は嘘のように感じてしまいそうだ。

 あれは嘘じゃない。そう俺の本能が叫んでいる。

 朝起きていつも通りを演じる。

 俺以上にナルミはどこかよそよそしい。俺がいない間に何かあったのだろうか。


 外に出て園内を歩く。

 すれ違う俺らとホシノら。ナルミは不自然に目を逸らしていた。ホシノもまた不自然に視線を下げていた。

 リンクウと目が合う。

 俺は目を逸らした。

 俺は──弱い。その現実が体の中からグツグツと湧いてきた。

 心の底の劣等感が抑えきれなくなりそうだ。

 始まる授業。

 羽の授業ではラファエルが相変わらず馬鹿デカい声で講義を行う。

 そこで行われた実践練習。羽の扱いをたった数日で身につけたホテイとコガネのペアが俺よりも高い評価を得た。

 ずっと俺が先にいたと思ってた。そう驕ってた。

 俺はさらに落ちぶれていったみたいだ。

 受け止めきれない現実だった。


 授業が昼前で打ち切りとなった。そして、全員が講堂に集められた。

「緊急に集めさせて貰った。唐突で申し訳ないが、明日、卒業者が出ることとなった」

 卒業──

 つまり、大人となることだ。

 この学園は天使の上層部によって卒業が認定される。年齢ではなく実力で認定される。つまり、才能さえあれば若くして卒業できるし、才能がなければどれだけ歳を重ねても卒業できない。

 この日、誰かが卒業する。

「おめでたいことだ。全身で激励するように。それでは卒業者を発表する」

 ルシファーは淡々と言葉を紡いでいる。

「今回、卒業するのはノナミとハルだ。素早い卒業だ。天使の学園稀を見ない速さでの卒業だ。二人はこの学園の優等生だ」

 歓声が湧き上がる。

 視線がノナミとハルに集まる。おれも視線をそちらへと向けた。

 だけど何故だろうか。

 祝いの気持ちが全くない。それどころか、悔しい気持ちばかりが溢れていく。劣等感が心を埋めつくしその場にいられなくなった。

「明日は卒業の支度により会えない可能性が高い。だから、みなは今日が最後となるかもしれない。別れの挨拶をするなら今日するべきだろう」

「ねぇ、二人をお祝いしに行きましょう」

 ナルミは笑顔で俺を誘う。昨日のことなんて忘れているような笑みだ。

「いや、行かない。俺は……帰る。お前は話してきていいぞ」

 本能を信じて俺は帰っていった。

 ナルミが追ってきた。お祝いしに行けばいいのに。

「ねぇ、何でいかないの? お別れの時なんだよ。さよならって言わなくていいの?」

 全力で引き戻しにきたようだ。

 俺の心が揺らぐ。けど、ナルミの言葉は俺の心を変えることができなかった。

 何を言えばいいのだろうか。俺の本心なんて言えなかった。そのせいで無言が続いた。

 ようやく思いついた言葉。

「興味……ないから」

「どういうこと? 意味が分からない。もう一生会えないかもしれないんだよ。さよなら言わなくていいの?」

「俺には……どうでもいい」

 自分でも自分が分からない。

 それでも俺は前を向──


 パチン。


 頬が熱い。

 いや、痛いのか?

 何が起きたのか状況が把握できない。

 ひととき。

 俺はナルミに叩かれたみたいだ。

「信じらんない。これで最後かもしれないのに。どうでもいいの? このろくでなしっ」

 ナルミはそのまま講堂の方へと進んだ。

 俺には追って行く気力なんてなかった。



 一人寂しく学内を歩く。

 俺はどうかしている。この心はもうどうにもならない。抑えきれないんだ。

 ひたすら部屋への道を進む。

「俺は弱い。このままじゃ駄目なんだ。強くならなきゃ」

 人間のリンクウに負け、勝ってた同期の一人に追い越され、ドジっ子の先輩は優等生として速やかに卒業した。

「俺は──」

 目を合わせられない。

 現実から目を背けている。


「えっ、何でいるんですかっ!」

 ふと目の前に現れる人影。

 俺はそこにいた彼女に目を向けた。そして、驚きを隠せなかった。

「──ノナミ先輩」

「トイレから戻ろうとしたら、迷っちゃった。てへっ」

「いや、てへっ、じゃないですよ。どうやったら本日のメインゲストが俺の前にいるんですかっ!」

「えへっ」

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