第33話 インフィニティ★

 私にとってノナミさんやハルさんは大切な存在だった。ノナミさんと出会って間もないけど、それなりの経験は積んでいる。もちろん、アサヒも同じくして経験を積んでいる。

 ノナミさんを敬う気持ちがあっていいはずなのに、彼女を見送るべきなのに。その優しさは微塵もなく、ただ一言「興味無い」。それを聞いた私は思わずビンタをしてしまっていた。

 例えイラついたとしても天使は天使だ。

 やってしまった。

 やり過ぎてしまったことは私にも分かってる。けど、彼が反省を見せない限り私の心は許せない。

 どうすればいいのか。

 このままノナミさんのところへ行って祝った方がいいのだろうか。それとも、アサヒを追うのが正解なのか。

 正解が分からなくて思わず立ち止まってしまった。


「なんか悩んでいるようだね。わたくしでよろしければ相談にのるよ」


 透き通るのに力強い優しい声。振り向くとハルがウインクをしてきた。

「どうしているんですか。講堂でお別れ前の最後の話に花を咲かせているんじゃ……」

「ああ、普通なら花を咲かせていたところだろう。だけど、問題が起きた。地面の枯れ果てたお花畑へと行った麗しき我がプリンセスが戻ってこないんだ」

 ハルはそっと体に手を伸ばした。

「悩み事は誰かに話すと軽くなるもんだ。悩みを溜めれば後でどうしようもなく辛くなる。だから、今ここで少しでもいいから楽にするべきだ」

 私とアサヒの二人だけの問題。

 それを私は私達だけで解決しようと思ってた。しかし、ハルはそのことを汲み取った後にこういった。

「当事者だけで答えを出したい気持ちは分かるよ。今後のことを考えると、それがいいと思ってしまうだろう。しかしナルミ。それ以上に大切なことがあるんだ」

「大切なこと?」

「誰かを頼ることさ。私達は一人じゃ生きていけない。二人でも生きていけない。数え切れない程の天使様や人間が支え合って、ようやく生きていけるんだよ。悩んでいるのなら、辛いのなら、困っているのなら、誰かに頼っていいんだ。それが人間っていうものだからね」

 心の炎症に傷薬が掛けられた。燃える炎が消えていき、段々と楽になっていく。

 誰かに打ち明けること。

 たったそれだけで抱えた枷が外れたような気がした。

「なるほどな。わたくしの見解を述べる前にノナミのこともある。少し歩きながら話そうか」

 犬も歩けば棒に当たる。ノナミが歩けばトラブルに当たる。私達はこういう理論の元、ただひたすらに前へと進んだ。

「ハルは執事ではなく侍者だ。天使様の側近。それ以上でもそれ以下でもない。メイドのように必死に家事を行うことも、下僕下女のように奴隷として虐げられることも、そして、執事のように天使様の補佐をすることもない。仲の良い友達のような関係をとってきた、そんなわたくしには訪れなかった悩みだ。高度な職を持つ執事と天使様の関係性、これからどうすればいいのかは私には分からない」

「やっぱり、何が正解か探さないといけないんですね。これからどうすれば正解にな……」

「けどね──」

 ハルは鋭い言葉で空を切った。

「どうすれば正解かどうか。はっきり言おう。正解なんてないよ。誰かが決めた決まりの中でしか正解不正解は存在しないんだ。大抵のことは永遠に正解も不正解も見つからない未知の問いばかりなんだ」

 余計分からなくなる。私はどうすればいいのか。

「本物の正解不正解なんてない。あるのは、自分で決めたマルかバツかなんだ。結果や他人の評価、自ら望む姿。全てを加味してマルかバツかを決めるのは自分自身なんだ。ナルミはどうしたいんだい?」

「えっ?」

「ナルミ自身にとってどうなって欲しい? ナルミの決めた決まりの中で正解か不正解かを決めるんだ。あなたの思う、なって欲しい未来は何かな?」

 私の思う、なって欲しい未来。

 私はアサヒと仲直りしたい。

 そのためには叩いたことを謝らなくちゃ。けど、それだけじゃ私自身が納得できない。アサヒの意識が変わらなきゃいけない。

 きっと上手くいかない。そうやって諦めてた答え。それが私の思う正解だったんだ。

 どうなるか分からない。けれども、言いたいことははっきり言おう。

 もう後悔はしているんだ。

 とっくに執事の枷は捨てているんだ。

「ありがとうございます。勇気が持てました」

 虚ろげな瞳から見てた空虚な廊下が、いつの間にか鮮明な景色へと変わっていた。

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